第二章 原作開始

第23話 原作主人公の暗躍と捜索

「無名の兵士が奇跡の活躍だと?」

「はい、デクスター様。おっしゃる通りです」


 変わらず鍛錬を繰り返すだけの生活にイレギュラーが侵入したらしい。

 きっと原作主人公だ。

 原作スタートと相成るわけか。


「新参者が力の均衡をを大きく崩すことは多々ある。決して無視はできないな。情報収集はしっかりやらねばな」

「そのために、バルス様の築き上げた情報網があるのです」

「俺たちもさらに人脈を広げなければな」

「バルス様の威光に頼ってばかりでは困りますからね」


 事の経緯いきさつは以下の通りである。


 ここからかなり離れた田舎に住む青年が、【魔法殲滅の会】の名だたる魔法使いを倒したのだという。

 殺した人の数には悪い意味で定評のある組織。

 そんな組織の魔法使いといえば、実力はいわずもがなである。


 それを、王国の騎士や貴族ではなく、どこの馬の骨とも知れぬ青年が倒した。

 魔法を使えるのが貴族の血を強く引くものに限られる。

 急いで身元を明かそうと試みているらしいが、めぼしい成果は得られていないらしい。


 なにせ取るに足らない村の、名も知れぬ青年だったから問題が生じた。

 貴族の捨て子なら別に問題はないが、平民が魔法を使えるという可能性があるなら、貴族の威厳が損なわれかねない。

 これは王国の貴族にとって危急存亡に関わるといっても過言ではない。


 きっと、「すぐに見つけて身柄を拘束しなければならん!」という貴族が多数いるんだろうな。

 かくして、王国の上層部に目をつけられてしまったわけである。


「得体の知れない馬の骨が強いと困るから、探して取り調べろというのも、なかなかのお笑い種だな」

「私たちが見つけたらどうしますか?」

「そうだな……」


 正直、どうしたらいいのかわからない。

 仲間に引き入れるのか、敵対するのか。

 前者は、正直やりたくない。


 平和な人生を送るには最適な選択だ。

 が、俺の中のデクスター・モーダントが激しく拒否している。

 これこそ【闇の帝王】の力なのだろうか。


 いわゆる「生理的に受け付けない」の強化版とか本当に笑えないユニークスキルだな。


「シャーリー。そもそも、見つけられるかもわからない」

「はい」

「どうするかは、そのときになったら決める」

「……承知しました」


 まだ憶測の域を出ないが、もう主人公で確定だろう。

 なにせ嫌悪感が湧き出てるんだ。

 これで主人公じゃなかったらすぐに命を奪っておきたい。


 簡単に殺すとかいうようになるあたり、内面の変化が激しいのだなと実感する俺であった。



 その後、アネットとフレデリカにも話を振った。


「その子の魔法が気になるわ! さっさと拘禁して人体実験レッツゴーですわ!」


 というのが、ひどく顔を歪ませながらのたまった、アネット容疑者の証言である。

 後半と表情だけ見れば、立派な悪役そのものだ。


「結構気になる。私が暗殺できる相手なのか」


 フレデリカは純粋に興味津々であった。

 暗殺者の血が騒ぐということだろうか。



 全員がこの件に乗り気だ。

 いずれにしてもバルス・モーダントから捜索の要請があったので強制ではあったが。

 俺たちは「原作主人公(?)捜索イベント」に参戦することとなったのである。


 ここまで退屈ではあるが実のある日々を過ごしていた。

 であるから、捜索が楽になっていても、別におかしくない。

 ……そんな風に考えていた時期が(以下略)。


「なぜだ、なぜだ……」


 捜索からすでに一週間が経っている。

 にもかかわらず、ここまで手がかりはゼロ。

 極めて緻密な「バルス情報網」を駆使しても、である。


「こんなの絶対おかしいy……ですよ! 間違ってるのは私たちじゃなく、きっと世界だy……ですよ!」


 シャーリーは冷静さを失いつつある。

 丁寧語の崩壊も近いだろう。

 それほど、この現実は受け入れがたかったのだ。


「いったい全体、どういうことだ……」


 これが主人公補正というやつだろうか。

 いつの間にかただならぬ功績を打ち立てて、自分は正体を見せない。

 そしていずれ伝説になる。


 ……って、こっちの方が悪役貴族っぽいじゃねえか。

 なんでだよ、この世界の設定はどうなってるんだよ。


「しかも、さらなる敵を倒している……」


 無為に過ごした一週間の間に、原作主人公様は別の【魔法殲滅の会】の魔法使いを殺した。

 殺害場所は、前回よりもモーダント家に近い。

 シャーリーからすると、嬉しいのか悔しいのか、複雑な感情が渦巻くところだ。


 そもそも、なぜ原作主人公がやったのかわかるのかというと……。

 死体の近くに、その村の紋章的なやつが血文字で残されているからである。

 ダイイングメッセージみたいだね。


「なんだか末恐ろしいかも。不確定要素はなくすべき」

「私の方が実験台にされそうな気がしてきたわ……」


 もはや、恐れをなしている節がある。

 ここまで来ると存在しているのかどうかも怪しい。

 王国の都市伝説、ここに誕生せり。


「ともかく、ずっと見つからないはずはない。王国の領土は無限にあらず。しらみ潰しに探せば、いずれ姿を現すだろう」


 主人公補正。

 どこまで強力なのか計り知れねえな。

 ゲームでは敵なしだもんね、主人公っていう存在は。


 ひとつ気になるのは、なんだか原作とずれていないか、ということである。

 ふたりも殺していない気がするんだよな。

 それはあくまで、俺の中の曖昧な記憶に過ぎないので、断定はしかねる。


「もしかすると、奴は……」

「なにかお気づきになりましたか、デクスター様」

「いいや、なんでもない。意味のない想定をしようとしただけだ」


 原作主人公、もしや俺と同じような転生者じゃね?

 俺だけがゲームの世界にやってきたとも限らないわけである。

 その可能性を考慮すると、俺は嫌な結論に至る。


 ――悪役貴族たる俺を、殺しに来ているのではないのか。


 ありえない話ではない。

 もし原作を知っているタイプの転生者なら、面倒な要素は取り除いておきたいところ。

【魔法殲滅の会】潰しはさることながら、ついでに悪役貴族も潰しておく。


 そんな発想が出てもおかしくない。


「もしかすると、我々が狙われているかもしれん」

「その話、詳しく私たちに聞かせていただけませんか?」


 ぬるま湯に浸かっていた安寧の日々に、ピリオドが打たれるかどうか。

 それはまだわからない。

 ともかく、俺たちは備えるだけである。

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