第24話 最低最悪の邂逅

 例の兵士が、俺たちを狙っているかもしれない。

 どうにかこじつけて納得させたが、それなりに苦心した。


「――いずれにしても、やることは変わりませんね」

「捜索に力を入れる。狙われたら全力で抵抗する。これだけやればいい」


 結果として、俺が原作主人公の命を狙っていると思われたようだ。

 もう、後には引き返せない。

 見つけたら、そのときが原作主人公の最後だと思っていただこう。


「ずっと疑問なのだけれど、どうやって身を隠しているのでしょうか」

「魔法か、匿ってもらっているか、ふたつにひとつ?」

「フレデリカ、私も同じような考えに至っているわ。でもね……」


 魔法に秀でた者たちの監視の目が強化されていながら、なぜいまだに身柄が見つからないのか――それがアネットの最たる疑問だった。


「そして、そんな逸材がどうしてこれまで野放しにされていたのか」

「あれかな、村の青年だと身分を偽った、敵国の間者だとか」

「なるほど。経験者は語る、というやつか?」


 いうと、フレデリカは自嘲した。

 いい線をついてると思う。

 上から目線で批評しているが、俺の推測が正しいという保証はない。


 あくまで推測を元にしているだけである。


「本当の実力者が、十数年も誰にも存在を知られないというのは非現実的」

「そうだな」

「それに、せっかく姿を隠しておいたのに、なぜ今になって手がかりを残すのかって」

「もっともだ」


 フレデリカの意見は全員を納得させるものであった。

 なにせ、反論が出なかったからな。


「さて、口ばかり動かさず手を動かさねば始まらない」

「手だけでなく足も動かさないといけないかしら?」

「揚げ足をとっている場合じゃない。一世一代、命を賭けた大勝負になるかもしれんからな」

「真面目にならないでよ。さっきのは冗談なのだから」


 わかってるさ、とアネットに伝える。

 服装を決め込んで、俺たちは今日も今日とて原作主人公の捜索を開始する。





 貴族に危機感を抱かせる諸悪の根源がどこにいるのか。

 その居場所を求める者は多く、捜索ルートには身分の高そうな装備があちこちで見受けられる。


「明らかにいなさそうだな」

「避けますか」

「私も賛成かしら」


 大人数がいるところに、原作主人公は現れないだろう。

 ゆえに、自然と人の目がすくないところを目指すようになる。

 日ごとに足を伸ばす範囲を広げ、捜索する地域は変えている。


 たとえ隠れるのがうまいからといって、貴族らによる人海戦術でかかれば、いずれ結果は出るはず。

 そう祈って、不毛ともいえる作業を続けている。


「もし見つけたとしても、どんな風に遭遇するのかしら」

「目と目が合ってバトルスタート、みたいな?」


 どこぞのモンスターRPGゲームかよ。


「やはり見えない姿なのでしょうか。これまでも、その説を有力視していますが」

「ここまで出ないとなると、シャーリーのいう通りだろうな」


 相手が姿を隠す魔法が使えるとなれば、不利な戦いを強いられるのは自明である。

 たとえ動くのが光のように速かろうと、光であれば目で追えなくもない。

 しかし、姿が見えないのはそもそも無理である。


 デクスターの能力をもってすれば、魔力の流れから位置を特定できるだろうか。

 ここまでのことを考えると、魔力が見えた程度で対策できるなら問題になっていないよな。

 すると、戦いようのない敵が生まれる。


「出会ったら地獄ですね」

「地獄が現世に現れたらもう終わりだな」


 考えるだけで恐ろしすぎるだろう?

 臭いものには蓋をして、見ないフリを決め込む。

 そうすれば平穏が訪れる。


「そんな絶望的な敵を探し回るなんて、わたしたちってもしかしてアホなのかしら」

「アホとは心外だな。怖いもの知らずといい換えるべきだろう?」


 アネットは苦笑いした。

 否、するしかなかっただろう。

 言葉遊びで現状が変わるはずもなく、気休めとなるだけとなるだけだった。


 成果は出ない。

 目の前に広がるのは、ただの平野だけだ。


「ちょっと休憩にするか」

「賛成です」

「いいと思う」

「もちろんでしょう?」


 きりのない行為にうんざりし、目を閉じる。

 視界が遮断されたことで、第六感、つまり魔力に対する感度が上がる。

 魔力を認識する範囲が、俺を中心に同心円状に広がっていった。


 この感覚は初めてだ。

 範囲の広がりが、これまでのものと比較ならない。

 無限に続くと思われたそれは、一瞬で終焉を迎えた。


 ――キィン。

 俺の魔力と、別の魔力が衝突した。

 金属音に近い衝突音が頭を打ちつけ、つんと抜けるような痛みが走る。


 勢いよく同じ極の磁石を近づけたときのような反動。

 すぐさま嫌悪感を抱かせるなにか。

 それは、移動を開始している。


「シャーリー、アネット、フレデリカ。緊急だ」

「どうされました」

「魔力レーダーがただならぬ魔力を捉えた。標的かと思われる。奇襲に備えろ」


 全員が臨戦体勢に入るまでに時間はかからなかった。

 信じられぬスピードで奴は接近する。

 来るであろう場所を予測し、魔法を仕込む。


 それだけでは完全に防ぎきれないと見た俺は、腰元にある剣で防御の構えをとる。

 相手が剣で来るだろうことが、魔力の流れから自然と想像できてしまった。


 ここまで数秒の出来事である。

 次の一秒を重ねる前に、原作主人公は急接近を果たす。


「くっ……!」


 想定通り、原作主人公の剣が俺の剣と重なった。


 あちらは相当の切れ物を使っているらしかった。

 俺の剣が折れたのである。

 切り離された上部は、そのままくるくると宙で回転し、後ろの地面に突き刺さった。


「君が、悪役貴族のデクスター・モーダント?」


 見えなかった姿が露わになる。

 勇者という他ない鎧を身につけた、少女とも少年ともつかぬ人物であった。

 警戒の満ちた瞳で睨みつけている。


「それがどうした」

「ようやく君を見つけられて嬉しいよ」

「どうも。こちらとしては最悪すぎる」


 俺に剣を向けたまま、シャーリーたちの方を見る。


「おかしいな? デクスターにこんな仲間がいた覚えはないんだけどね」

「……なんのことだかさっぱりなのだが」

「君は知らなくていいことだよ。僕はゲームを知っている側の人間だから別だけどね」


 原作主人公は断言した。


「――だが、君が生きるべきではないと知ってもらう必要はあるみたいだ」

「部外者が口を挟むな!」


 戦闘開始。

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