第25話 理不尽な主人公補正

「部外者とはひどいと思わないのか!?」

「名前すら名乗らない成り上がり者は気に入らないからな」


 右手には剣を、左手には魔法を展開するという二刀流スタイルでいく。

 折れた剣は魔法によって一時的に補修されて使えている。

 あちらの力も並大抵でなく、いずれの攻撃も防がれている。


「イツキ、それがボクの名前。これで文句はないですか、悪役さん」


 やや嘲笑を含んだ表情を見せる。

 ゲームの悪役と戦っている自分カッケー、とでも思っていそうだ。

 そして、まともに接する相手でもないと勘違いしていそうである。


 中身は単なる現代人であるから、別に礼儀なんて本来求めない。

 しかし、原作主人公のやり方にデクスターの心が厳しく反感の意を示している。

 苛立ちがおさまらない。


「すこし強いからといって、無礼にもほどがあるな」

「君のような悪役は、もうすこしで正義の剣に引き裂かれる運命にある。もうすぐで死ぬ相手に、敬意を払っても仕方なくない?」


 たとえ俺がデクスターではなかったとしても、言葉にいちいちトゲがあって腹立たしいと思うな、こいつは。

 よりにもよって、こんな輩に原作主人公の座を譲った世界が馬鹿らしい。


「イツキ、調子に乗っていると命はないと思え」


 力が拮抗しているところに、シャーリーが飛び込む。

 幾重にも分裂した魔力をぶつけにかかっている。


「この程度!」


 イツキは俺と距離をとると、均衡状態にあった魔力を抜いてシャーリーの攻撃に備えた。

 防ぐべき魔法はいくつもあったが、イツキの動きについていけるものはすくない。

 奴の姿が消えたと思うと、魔法も同様に消失する。


 再度現れたイツキは無傷だった。

 ブラックホールの中に吸われてしまったかのように、魔法は消滅したのである。


「……やるな。並の魔法使いとは格が違う」

「ボクは勇者だからね。転生ボーナスも大きい。まあ、そんなこといっても、悪役貴族のデクスターさんにはわからないと思うけどね」


 知ってて当然だろうがこの野郎、とでも口汚く罵りたいところだったが、実行には移さなかった。

 あまりにも自信過剰で舐めた態度を取られると、怒りよりも呆れが上回ってくる。

 イツキがうざい人物ではなく、むしろ滑稽な人物に見えてくる。


 不思議なものだ。


「つまりは諸々の理由があって圧倒的に強い。ゆえに悪役貴族たる私たちが負ける。そういいたいんだな」

「それ以外に、おじさんは思うところがあるの?」


 おじさんってなんだよ。

 こちとら転生前はビンビンの大学生でしたけど!?

 どこまで他人を苛立たせれば気が済むんだ!


 それでいて顔が整っているのが癪だ。

 美少年とも見えるし、美少女ともいえるような中性的な甘いフェイスを持ち合わせている。

 名前からして男女がはっきりしないが、この際別にどちらでも構わん。


「黙って勝負に集中しないと負けるぞ?」


 やっぱりただのうざい奴だわこいつ!

 潰すしかないな。


 シャーリーの次に参戦したのはアネットだった。

 いくつか、攻撃型の古代魔法を発動している。

 古代魔法にあまり慣れていないのか、最初は動揺したイツキであった。


 が、例の透明人間的な力にかかれば、攻めるのは一気に難しくなった。

 形勢逆転である。

 やはり目立った外傷はない。


「ボクは全然余裕に感じたけど、実際のところはどうなんだろうね」


 イツキからはまるで不安や緊張を感じない。

 大した敵ではないと見込んでいるし、今のところそれで問題なかった。


「残念ながら、まだ本気じゃない」

「本気を出さないと倒せないくらいなんだ、悪役貴族って」


 悪かったな。

 俺も悪役貴族歴が数ヶ月のペーペーなんだ。

 本物のデクスターなら、数秒で失禁させるほどの恐怖を、イツキに植え付けえたかもしれない。


「期待に添えず申し訳ない!」


 三人から放たれる、間断なき攻撃。

 イツキといえど、姿をずっと消すことは不可能であった。

 俺たちは、イツキが見える瞬間は狙い、見えないときは移動進路を予測して攻撃する。


 途中からフレデリカも加わり、四人体制を敷いた。

 イツキとて、ここまで来れば無傷で済むわけにもいかない。

 そこそこ傷が入っていた。


「……私情を優先し、ずっと殺す気しかなかった。が、よく考えれば生かしたまま捕まえておくのが最適だろう。生かさず殺さず、適度に痛めつけるぞ」


 居場所がわからずともお構いなしだった。

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる理論で、魔法をぶっ放す。

 敵の速攻攻撃は厄介だが、着実に相手を削れていると考えれば気にすることではなかろう。


「なんでお前は強いんだ? シナリオはどうなっている! おかしいだろ……」


 ボソボソと不平を口にしているイツキ。

 俺たちだって、別にここまで無為に過ごしてきたわけじゃない。

 魔法の技術の向上は、相当なものであるはずだ。


 そんな俺たちが、性格が最低未満のポッと出の勇者に負けてたまるか。

 そういう話である。


「嘘だ、こんなことはありえまい!」


 大声でわめきながら戦闘を続けている。

 状況はこちらが優勢になる一方。

 強い相手ではあるが、本気を出すほどではない。


 姿が見えないことを加味すれば別だが。


「この世界の和を乱すと、お前は貴族から危険視されている。降参すれば痛い目に合わずに済む。平和に王城まで同行させてやる」

「同行させられたら、次になにが待つ?」

「力が並大抵でない者は脅威と見なされ、いい扱いはされない。命の保証はできない」


 時折見える顔が、だんだんと白くなっているのがわかる。

 せっかく転生してチートでウハウハな日々が待っていると思った矢先、命の危機!

 これには明らかにショックが大きいらしかった。


「そうか! なんて理不尽な世界だ! 転生早々、こんなことがあってたまるか……ボクのような正義は、悪に勝つのが定石じゃないのかッ!」

「現実は非情だ。さあどうする!」


 ジリ貧に陥ってる原作主人公、イツキ。

 このまま続ければ、奴が負けるのは必然である。

 勝利の女神は、俺たちのすぐそばで手を振って待ち構えている。


 ……かと思われた。

 忘れてはならないことが、ゲームの世界にはある。

 主人公補正、という代物が存在することだ。


「ハハハハ! 危ういところだった」

「なにがあった」

「逆転の一手を見つけたのさ! さらば!」


 いうと、完全にイツキは消滅した。


「逃げられたか!」

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