第30話 デクスターの出自

 リオグランデ討伐後に現れたのは、また別の四天王だった。

 双子である。

 ヘルとデルのふたりだ。


 彼女たちは姉妹で見た目はそっくりだった。

 悪魔っぽかったリオグランデとは異なり、ヘルデル姉妹は鬼に似ている。

 戦闘において、姉妹で正反対な魔法を使うのがとりわけ厄介だった。


 一方の魔法を防ごうとすれば、もう一方の魔法に弱点をさらすことになりかねない。

 無属性魔法にはあからさまな相性がないとはいえ、やりにくい相手だった。


「埒が明かないな!」

「ともかく片方を潰しましょう」

「やるか!」


 正反対なふたりがいるから苦戦するのだと気づいた俺たちは、各個撃破作戦を打ち立てた。

 これがうまくいき、姉であるヘルは倒れた。


「許さない許さない許さない許さない……!」


 姉を殺されたデルは、額に青筋を立てた。

 頭部に二本ついている角がぐいっと伸びる。

 人間寄りで美形だった顔が怒りで歪み、文字通り鬼の形相となった。


 怒りにより、デルは覚醒した。

 巨大化したデルは目を赤く光らせ、俺たちを上から睨みつけてきた。


「覚醒しようが巨大化しようが、相手がデルであることに変わりはない。相当強いけど、ビビらず倒すよ」


 フレデリカはいった。

 彼女のいう通り、技の構成や威力は変わっていたものの、デル特有の癖や攻撃パターンはそのまま。

 慣れれば、さっきと変わらない感覚で戦えた。


「ウガガガガガガ!」


 デルは人語を話すこともなく、サラサラな金髪が整っていたはずの顔を引き立てることもない。

 怒りに任せて力をぶつけるだけの低俗な魔物に成り下がっていた。


「パターンは読み切っている」


 動きが単調になり、対策は比較的立てやすかった。

 次の動きを予測し、先回りして魔力を一気に放出する。

 高速で振った拳が、デルの胸を中央を貫く。


 腕を引くと、手の中にグチョリとした握り拳大のものを握っていた。

 デルの心臓らしく、引き抜かれても鼓動を刻んでいる。


「うえっ」


 気味の悪さに、心臓を手から離すとすぐさま消滅。

 姉妹とも、体は消え失せた。


「えぐいことするわね。なかなかの蛮行だったわ」


 完全に引き気味のアネット。

 物理的にも心理的にも距離を置かれている。

 血で染まった右手に、軽蔑するかのような視線を送っていた。


「貫通は予想外だった。好きでするか、あんなこと」

「いずれにせよデクスター様の勇姿を見られて私は満足です」


 シャーリーはシャーリーだった。


「まさか四天王を三人も撃破するなんて……デクスター、あなたは何者なの?」

「悪の道を征く者、とでも答えておこう」

「あなたの力、でたらめすぎる。最強にふさわしい」

「そりゃどうも」


 正確には、転生勇者のイツキを倒せていないので最強ではないが。

 ただ、異世界転生者という立場は決して無視できない。

 ユニークスキルは微妙だが、成長スピードが尋常じゃない。


「このまま、魔王領を討伐しちゃう?」

「いけるところまでな。この調子だといけそうだからな」

「いけるでしょう。なにせ、デクスター様がいますから」


 現状、四天王が残りひとり、そして魔王を残すだけ。

 このまま破竹の勢いでいけば、魔王領討伐も夢じゃない。



 ――それは、あまりにも浅はかな考えだった。



「なんなんだよあの強さは」


 結果は惨敗だった。


 魔王城なるものを目指して歩く道中、残りの四天王と魔王がセットで来た。

 プレイヤーに優しいハッピーセットだ。

 わざわざ城の攻略という手間をなくしてくれたのだから。


「残念ながら、お前たちの優勢もここまでになろう」


 四天王が荘厳な口調で答えた。


 四天王はプレートアーマーに鉄仮面という格好だった。

 魔王は八つの頭を持つ、あまりにも巨大な銀色の竜であり、四天王はその上にまたがっていた。

 長槍を両手で握りしめた竜騎士スタイルである。


「なかなかバラエティ豊富らしいな、魔王軍は」

「しこうして力の均衡を保っているのだ」


 答えるのは四天王だけであり、魔王はいっさい言葉を発しない。

 今度の四天王は、名をルザノスといった。


「どうも、あんたたちが魔王領最後の砦らしい。この手で崩させてもらう」

「いい度胸だ。だが無駄だ」


 槍の先端が俺たちの方に向けられる。

 刹那、白い光線が先端から射出された。

 あまりにも急であったから、避けるのにひと苦労だった。


 ……初見殺しにもほどがある!

 槍なら槍として使ってくれ。

 あたかも魔法の杖じゃないか。


「外したか。まあよい。魔王様と、序列一位たるルザノス。このふたりに追いつけるのなら」


 魔王は八つの頭を有している。

 ゆえに、一度に八つ以上の攻撃が飛び交う。

 その上、スピードも威力もこれまでとは大違いだった。


「どうした? 守ることすらしかねるようだが」


 追尾式の咆哮ほうこう、体当たり攻撃、ルザノスの長槍光線。

 一発でも重すぎる攻撃を、連続で撃たれるとまるで話にならない。

 格の違いを思い知った。


 これは、明らかにレベルが違う。


「侵入者たる君たちが倒した魔獣の力は、すべて魔王様のものとなる。お前たちの行動が、魔王様の強化に繋がっていたのだ」


 どうりで強いわけだ。

 感心しているわけにもいかず、避けたかった選択を取らざるをえなかった。


「シャーリー、アネット、フレデリカ。全員でずらかるぞ!」


 全方向で爆発が起きている。

 もはや死へのカウントダウンだった?

 全員で固まって、アネットの力に頼る。


「【縮地】!」


 視界が歪み、俺たちは敗走に成功した……。




 ◇◆◇◆◇◆




「……チッ、逃げられてしまったか」


 鎧の竜騎士、ルザノスには悔しさが残った。

 勝てる相手だと見込んで、やや力を抜いていた。


『焦ることはない。次は勝とうぞ』

「はっ。ですが、一発で仕留められなかったことが、慚愧に堪えないのです」

『奴とて決して弱い相手でない。四天王を破ったのだ……どうだったか、ディートハルト?』


 遠くから、一瞬で距離を殺して魔王のそばに移動した者がいる。

 帝国の皇帝、ディートハルトであった。


「これはなかなか……王国も廃れていないらしい」

『ディートハルト、やつらに勝てるか?』

「あの男以外なら、確実に」

『私と同意見であるな』


 バルスの息子、デクスター。

 四天王級の実力を持つ最有力株。



「――さすがは魔族の息子だな」

『いかにも』

「……魔族の、息子だと?」


 ルザノスは驚きの声をあげたが、無視された。

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