第8話 辺境伯暗殺計画

「これから、私たちはとある任務に取り組まねばなりません」

「魔獣討伐か?」

「対人戦です」


 モーダント家に戻った一行は今後の予定について語っていた。

 忘れてはならないが、モーダント家は悪役貴族。

 悪役貴族を悪役貴族たらしめているのは、それっぽい行動なのである。


「つまり、古代魔法を派手にぶっ放す好機ということね」

「「ダメだ(です)」」

「私の存在意味をなくすつもり!?」


 アネットに初っ端から古代魔法を使わせるわけにはいかない。

 古代魔法は、その存在がさほど知られていないからこそ効力を持つ。

 あくまで切り札として温存しておきたいところだ。


「まったく使うなとはいわない。だが、あまり使うな」

「嫌だ」

「わかったよアネット、お前は追放だ」

「それはもっと嫌」


 お前は子供か、と思わずツッコみたくなったが、堪えた。


「……ぜひとも賢い選択をしてほしいな」

「私もそこまで無能ではないのよ?」

「頭が切れるのは承知しているが、心配なものは心配だ」

「信用されるよう努めるとしましょう」


 アネットがいうと、シャーリーは軽く咳払いをした。


「本題に戻ってもよろしいですか? 随分盛り上がっていたようですが」


 盛り上がっていた、が強調されている。

 シャーリーの嫉妬だろうか。

 目から光がやや失われているのが恐ろしく、俺とアネットは背筋を正した。


 俺たちに与えられた任務――対人戦。

 俺の父親、バルス・モーダントからの指示が、シャーリーを通して伝えられる。

 任務内容は以下の通りだ。


 エドワルド辺境伯と、その騎士であるチェイスの暗殺。

 魔獣討伐のときに、シャーリーがアイテムを届けにいった相手が、まさにエドワルド辺境伯であった。

 余談ではあるが、森で競争した後に服が汚れたシャーリーは、ちゃんと予備のメイド服に着替えて面会に臨んだという。


 話を戻そう。


 エドワルド辺境伯は五十代半ばで、口髭が長く恰幅かっぷくのいい男である。

 若い頃には優秀な魔法の使い手として名を馳せていたが、現在では能力が衰えている。


 騎士チェイスは二十代後半、全盛期を迎え「神速チェイス」の異名を持つ実力派だ。

 整った顔つきはさることながら、清廉潔白であるために、同姓異性を問わずに人気が高い。

 その年にして、辺境伯の騎士の任を授かったのは異例の昇進ペースであり、若手のホープと期待されている。


「失敗は許されません。あと、アネットさんがしくじり次第、即刻抹殺しろともバルス様はおっしゃっていました」

「さっそく命の危機ってまずいじゃない」

「立場を弁えろ、ってことだろうな。頑張れよ」


 アネットから一瞬、視線が送られる。

 不愉快そうに目を細めていた。


「素朴な質問だが、なぜ辺境伯らが標的となっている? 人気も高く、悪いところもさほど見受けられないじゃないか」

「彼らは帝国と裏で繋がっていますから」


【皇道を征く者】には、主に四つの国が登場する。

 王国、帝国、共和国、魔王国の四つだ。


 それぞれ「○○王国」といった固有の名称はあるが、王国か帝国か、もしくはそれ以外かがわかればいい。

 プレイしていたとき、国名なんて覚えていなかったし。


 武力、経済力、土地の広さ、人口、政治体制etc。

 総合的に見ると帝国がトップだろう。

 それに続くのが王国だ。


「市民に期待されていた辺境伯と騎士は、実は帝国に寝返っていた、ということか。嫌なものだな」

「わたし……いえ、私たちも人のことをいえませんが」

「そういえば、私って敵国の令嬢だったわね」

「確かに」


 アネットも本当は帝国の令嬢である。


「帝国は広いから、帝国臣民という自覚が薄いのかもしれないわ」

「そう考えると、エドワルドとチェイスの件は珍しいことではないか」

「はい。ですが、繋がっている相手が、あの【魔法殲滅の会】です。どちらも重度の信者だといいます」


 厄介な団体だな。


 限られた人しか使えない魔法など間違っている、だから魔法を使える人は殺めてもいいのだ――。


 過激な思想を持ち合わせ、しかもそれを粛清という形で実行に移すあたり、等閑視していられる相手ではない。

【魔法殲滅の会】イベントがそこそこあったから記憶に残ってる。

 こんな団体を名乗っておきながら、粛清のために魔法を使ったりする奴もいる。


「強いふたりが貴族殺しに走ったら収拾がつかなくなるだろうな」

「だからその前に殺すのです。いずれ【魔法殲滅の会】も潰しますから、今回はその手始めです」

「実行日は?」

「6月10日。本日が3日ですから、一週間後です」

「割合すぐだな」

「時間は限られていますから、一刻も無駄にはしていられませんね」


 デクスターの魔法は強いが、一筋縄ではいかない相手である。

 対人戦は未経験、どんな事態に遭遇してもよいよう、鍛錬を積んでおかねばならない。

 無属性魔法は対策されやすい魔法であるというからな。


「場所はどこになっている?」

「辺境伯の屋敷です。当日の夜、辺境伯の誕生日を祝した宴が開かれますから、そこで任務を実行します」

「なるほど。では、どうやって侵入する? 身元が割れると厄介だぞ?」

「そこはご安心ください。もちろん覆面で実行しますし、ずっと宴に参加するわけでもありません。詳細は後日伝達とのことです」


 ようやく悪役貴族らしいことが始まりそうだ。

 生きるか死ぬかの争いになると考えると、恐ろしさと同時にワクワクしてくる自分がいることに気づいた。


 ――さっさとこの手で命の芽を摘ませろ。


 声が、脳裏に響いた気がした。

 本来のデクスターの人格だろうか?

 俺は静かに戦慄した。

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