第9話 メイドは悪の道を征く【シャーリーside】

「シャーリー・シャノン、卿を仲間とする」


 時を遡ること6年、王国歴296年。

 バルス・モーダント様のひと言が、私の人生を大きく変えました。


 デクスター家に仕える前、わたくしシャーリーは別の貴族に仕えるただの小娘でした。

 我が家は代々貴族に仕えており、私もメイドとしての生き方を選びました。


 仕事内容はさまざまでした。

 掃除、洗濯、料理、遊び相手etc。

 ときには感謝され、ときには理不尽に振る舞われ。


 嫌なことも多かったですが、別の道を選ぶほどでもなく、メイドの職務に面白みを見出していたので、辞めることはありませんでした。


「使用人としての誇りを持ち、主君のために尽くしなさい」


 それが、我がシャノン家が求めるメイドの姿でした。

 母は口酸っぱくこの教えを口にしていたもので、私は教えを遵守しました。


 父とは幼い頃に死別しました。

 記憶は曖昧ですが、主君を身を挺して守り、殉死したといいます。

 兄弟や姉妹もなく、私にとっての家族とは母だけでした。


 現在は王国の貴族のメイドという立場ですが、私の生まれは王国ではありません。

 帝国です。

 歴史の長い帝国の貴族制度は腐りかかっていて、実情は仕えていた相手を通してよくわかっていました。



 日常の崩壊は、「連続帝国貴族襲撃事件」によって突如として引き起こされました。


 犯人は【魔法殲滅の会】の構成員。

 当時、彼らは帝国の貴族を抹殺すべく活発に行動していました。

 すでに何人もの貴族が殺され、家を焼かれ、帝国は混乱の渦の中。


 私の仕える家も、残念ながら標的となってしまいました。

 たとえ貴族が強力な魔法を使えるといえど、殺意に満ちた兵士が大量に雪崩れ込めば、形勢が不利になるのも当然でした。


 襲撃の結果、仕えていた貴族は全員死亡し、私の母もそれに巻き込まれ命を落としました。

 豪華な邸宅は更地と化してしまいました。

 生き残ったのは、たまたま屋敷から出て、買い出しのために繁華街に出向いていた私くらいでした。


 ――私だけが、生き残ってしまった。守れなかった。


 凄惨な現場を訪ね、母の亡骸を見た瞬間。

 後悔の念がどっと押し寄せ、私は自分の生存を恨みました。


 ――どうして私ではなく、大事なお母様が。


「使用人のために主君に尽くす」。

 その教えも果たせずに、生き残ってしまった。

 世界で最も最低なメイドは私だ、そう思わずにはいられませんでした。


 独り身になった私は放浪の旅を始めました。

 邸宅の隠し地下室に、わずかながら財産があり、それを元手にしました。


 はじめは帝国各地を巡っていました。

 ただ、「ここにいると嫌な記憶が呼び起こされる」と気づいてから、帝国を出て、近接する王国にいこうと決意しました。


 王国での旅は、苛烈を極めました。

 異国の風土や文化に慣れるのは難しく、体調を崩したり、誤解を招いてトラブルが起こりそうになったりもしました。


 資金も尽き、これからどうしようかと悩んでいた頃。


「ほぅ、本当に、ちょうどいいくらいの娘がいるようじゃないか」


 人のすくない、路上でのことでした。

 ごろつきが三名、私を取り囲みました。

 当時の私はさほど魔法に長けておらず、彼らとの実力差は一目瞭然。


「なんのつもりですか?」

「考えればわかるだろう? 可哀想なお嬢ちゃんを俺たちが慰めてやろうってんだ」

「やめてください、迷惑です」

「おいおい、立場わかってんのか? 大人しくしな。抵抗しなければ、手荒なことはしないぜ?」


 詰め寄られる。

 誰も彼もが、圧倒的とも言える魔力を展開している。


「ヒャッハーー! いやぁ、手頃で美人な娘がここら辺で放浪してるって噂は本当だったんだな!」

「そうだな! 俺たちはラッキーだな!」

「いい加減にしてください、死んでも嫌です」

「……じゃあ、殺しちゃうけどいい?」


 声のトーンが下がり、全員真顔になる。

 炎が、氷が、風が、展開される。


「最後のチャンスだ。俺たちに従うか?」


 ――殺される。


「わ、私は……」


 刹那。


「あれ?」

「うっ……」

「なぜだ」


 敵は全身をスライスされ、大量の血を噴き上げながら絶命しました。

 首がスライドする様子は……やめましょう。

 ともかく、ごろつきは全員死にました。


「危ないところだったようだな」

「あなたは?」

「バルス・モーダントだ」


 どこからともなく現れたのは、ダンディーな銀髪の男性。

 それが、バルス・モーダント様その人でした。


「私、シャーリー・シャノンといいます。命を救っていただき、ありがとうございます」

「礼には及ばない。それより、卿に頼みがある」

「願い、ですか」

「最近私は妻を亡くした。早急ではあるが、ゆえに」


 私は衝撃を受けました。

 もしかして、「け」から始まり「ん」で終わる提案が?

 彼に一目惚れした私には、そうしか思えません。


「シャーリー・シャノン、卿を仲間とする」

「へ?」

「不満なら断ってもいいが」

「いえ、そうではなくて。仲間にする、というのは」

「ああ、モーダント家が面倒を見ようということだ。このまま放浪を続けても、卿の未来は長くない。いい提案だと思うが」


 先走りすぎた。

 私とデクスター様とでは、親子ほどの年齢差がある。

 きっとそうだ、父親がいないために、父に対する愛を性愛と取り違えてしまったのだろう。


「よろしいのですか」

「もちろんだ。ずっと前から、卿に目をつけていたからな」

「とおっしゃいますと?」


 デクスター様は私のバックグラウンドを淀みなく語り始めました。

 確かに私の経歴であり、その正確さは奇妙でした。


「卿のことについて調べはついていた。すべては私の掌の上だったということだ」


 そうなると、さっきの紛らわしいようないい方も、わざとやっていた可能性があるわけで……。


「顔が赤いが、どうかしたのか? 告白されるとでも思っていたのか?」

「バルス様は意地がお悪いですね!!」

「悪の道を征く者として当然のことだ」

「意味不明です」

「構わない。いずれわかる」



 かくして、私はモーダント家のメイドとなりました。

 最近の推しはデクスター様。

 魔獣討伐の頃から、柔らかさが出てきて嬉しいです。


 一時は人格が乗っ取られたかと心配しましたが、デクスター様が魅力的ならそれで構いません。


 ともかく、私は【魔法殲滅の会】に復讐する。

 そのためにも、失敗は許されないのです。


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