第10話 決行前夜
辺境伯と騎士の暗殺、その任務を実行するのも、いよいよ明日となった。
今日まで、俺は魔法だけでなく、悪役らしい振る舞いも鍛えてきた。
決めゼリフや、魔法の演出も練習済みだ。
こんな風に、【悪の帝王】らしさを追求するのは、厨二病を発症した男としては至高の作業であり捗ったので、かなり高いレベルまで持っていけたと思う。
目的を履き違えている気がするけど、結果的に強くなってるので問題ない。
「デクスターって、意外と恐ろしいところもあるのね。最近特にそう思うわ」
「お前は俺をなんだと思っていたんだ」
「私のツッコミ役兼、魔法欲を満たす恰好の相手?」
「あまり調子に乗っていると潰すぞ」
モーダント家の食堂で、俺はアネットと明日の作戦会議をおこなっていた。
シャーリーは用事があると、自室に籠っている。
もうすこしで戻ってくるとのことだった。
アネットは、デクスターの中身が俺に入れ替わってから知り合った。
そりゃ、橘というただの現代人に恐ろしさは感じないよな。
これから先は、初対面の人に、怖そうで強そうだという印象を強く抱かせることができるよう、努めたいものだ。
「承知してるから安心してほしいわね。それよりデクスター、本当に騎士チェイスを倒すつもり?」
「当たり前だ。俺の道を遮る者は排除するだけだ」
「それはそうだけど……勝てる相手かどうか知りたいわ」
騎士チェイス。
これまでの調べで、彼の強さの理由が明らかになった。
「【瞬間移動】が厄介なだけで、スピードについていければ勝ち目はあるだろうよ」
【瞬間移動】は、短い距離を瞬く間に移動できる転移魔法である。
悪役令嬢、アネット・レズリーの【縮地】とは種類が違う。
それは、能力の有効範囲が、短距離か長距離かということだ。
アネットが【縮地】を連続で使えないのは、一回で移動する距離が長く、その上正確性も求めているためだ。
大概の転移魔法は、移動距離が長くなるほど、移動位置の精度は下がる。
その欠点を補うために、連発性を犠牲にしている。
対してチェイスのものは、ごく短い距離の移動を、何回も繰り返す。
短距離の移動が得意であるから、数ミリ単位の調整も可能。
接近戦にはもってこいというわけだ。
さらに、発動にかかる時間が極めて短く、攻撃を当てるのは相当難しい。
「考えはあるの?」
「距離をとって魔法を撃つ」
「無駄ね。魔法が当たるまでの時間が長くなるじゃない」
「
「深手を負わせるのは困難でしょうね」
「なら他に策はあるのか?」
正直、実際に戦ってみないとわからないところである。
なにせ、弱点という弱点がない【瞬間移動】のおかげもあって、辺境伯の騎士にまで上り詰めた男だ。
ここで考えた対策も机上の空論に過ぎないかもしれない。
「ないわね。でも、手札は多いに越したことはないわ」
「あとは結界的なもので拘束するか、だな」
「それが妥当かもね」
長所が素早さであるなら、それを封じてしまえばいい。
しかし、これには懸念点がある。
チェイスの剣は、魔剣という。
魔法さえ斬ることができ、そして魔法を纏わせることもできる、そんな代物だ。
魔剣の中でも、とりわけ彼の使うものは品質が高い。
「辺境伯は問題ないな」
「もちろん。弱点はわかっているし、さほど能力がないことも調査済みでしょう?」
「そうだな」
あくまで油断は禁物。
遂行して家に帰るまでが任務である。
「お待たせしました」
「……うわっ! びっくりさせないでよ、シャーリーさん!」
「失礼しました。少々熱が入り過ぎてしまって」
ここ一週間、シャーリーの目は覚悟に燃えている。
また、睡眠なのだろうか、くまができている。
心なしかやつれている。
「あまり無理はするな。体が不調だと、命の危機だ。生きるために、死ぬ確率を下げることが第一だ」
「問題ありません、私の睡眠時間を削り、新たな対抗手段を身につけることで死ぬ確率は格段に下がっています」
「詭弁はよせ。俺はシャーリーの体調を心配しているんだ」
「デクスター様、ありがたきお言葉です」
やつれた顔に元気が戻った。
健康で幸せなのが第一だもんな。
「ですが、この任務……私情を挟むと、絶対に失敗できないんです。たとえ睡眠時間を削っても、やりきりたい。悪に繋がる、辺境伯と騎士という糸を引き裂きたい」
決意は固い。
ブレない思いが、ひしひしと伝わってくる。
これは――
「俺は、なぜシャーリーがこの任務に燃えているかわからない」
「承知しています」
「それでも、俺はシャーリーの思いを尊重しようと思う。メイドが主君のために忠誠を誓うように、俺もシャーリーの強い志に忠誠を誓おうと思う」
「デクスター様!」
「だから、派手に戦おう。必ず成功させよう。デクスター・モーダントの名にかけてな」
俺は知っている。
シャーリーが、バルス・モーダントに拾われた過去を。
シャーリーが、誰よりも【魔法殲滅の会】を憎んでいることを。
「……はい!」
俺はシャーリーと固く握手を交わした。
「ちょっと、私のことも忘れないで頂戴! デクスター、私にも握手させなさい!」
すっかり忘れていたが、この場にはアネットがいた。
空気を読んで押し黙ってくれていたのだが、いよいよないもの扱いに耐えかねたらしい。
ごめんな、アネット。
「アネット・レズリー、お前はダメだ。魔力変態と熱い握手を交わそうとするような趣味を、俺は持ち合わせていないものでな」
「私は変態じゃないわ! ちょっと魔力が流れる快感と性的な快感をごっちゃにしてるだけよ」
「それを変態というんのですよ?」
「シャーリーさんまで!」
いい雰囲気で終わるところだったが、かくして、それは失敗と相成った。
明日は否が応でも引き締まるのだから、今くらい気を抜いてもいいと考えよう。
夜が更け、満月に近い月が出る。
各々自室に戻り(アネットには自室が与えられていた)、最終調整をおこなう。
地下室で、俺は魔法の調整に励んでいた。
「勝ち筋、見えたかもしれないな……」
体を追い込み、限界を超えた先に見えるもの。
それは、勝利を
切るか掴めるか、その結果は俺次第。
勝利の境目は、コンマ数秒の差かもしれない。
任務は、いよいよ明日。
泣いても笑っても明日。
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