第11話 宴はかくて開かれる
「本日は、わたくしエドワルド・ボルディンの誕生会に出席いただきありがとうございます」
宴が始まった。
俺は、会場の中でエドワルド辺境伯の主催者挨拶を聞いていた。
隣にはドレス姿のシャーリーがいる。
「……現在の私があるのは、ひとえに皆様の存在あってこそであり――」
長い。
俺が橘だった転移前から、校長を始めとするお偉方の挨拶は苦手だった。
これまでにないくらい虫唾が走る。
差し障りのないことをつらつらと、善人ずらして語っているのが不愉快だ。
「……こういった歴史を重ね続けたのです――」
待ちきれず、さっさと任務を実行してしまいたくなる。
それほど、苦痛極まりない時間だった。
「……以上をもって、始まりの挨拶とさせていただきます」
盛大な拍手が送られる。
ようやく、ようやくだ……。
俺は解放された。
さて、そろそろ動き始めるとするか。
本日の動きを確認すべく、最後におこなった作戦会議の記憶を遡る。
「私たちは二手に別れて行動します」
「つまり、ふたりとひとりになると?」
「はい。会場に侵入して暗殺を試みるのは、わたくしとデクスター様。後方支援にアネットという形で、ということです」
「なるほど、シャーリーはデクスター様と動けるよう取り計らったのですね?」
シャーリーは首を横に振った。
「今回の任務において、アネット様が後方支援に適任である。それ以上の理由はありません」
「私情は挟んでいないということでよろしくて?」
「もちろんです。ですから、アネット様が文句をいう理由はありませんよね?」
「そうね。でも、いっておきたかったの」
作戦の詳しい内容は、前日の夜に固まった。
パーティー中盤にさしかかったところで、シャーリーが合図を送る。
それと同時に、アネットは【縮地】を利用し「眠らせの粉」をエドワルド辺境伯のグラスの中に注ぎ込んだ。
騎士チェイスが、倒れたエドワルド辺境伯を自室まで運び込ませたところで、俺たちが合流する。
それから戦い、ふたりを帰らぬものとする。
実にわかりやすい。
毒殺も考えたそうだが、大概の毒は魔法で対策されてしまうし、仮に猛毒を使ったとしても、その出処とモーダント家が繋がってしまうため却下されたそうだ。
馬やモンスターに使うような、「眠らせの粉」に対策が施されることはあまりない。
人間に対してはやや効果が薄く、薬を仕込んだと疑われにくい。
「アネットの【縮地】って細かい調節までできるのか? なんせ白くて軽い粉末を、バレないように特定のグラスに転移させるんだぞ?」
「古代魔法に不可能はないわ。今回は、あなたに【縮地】を使ったとき以上に、魔力を使うけれどね」
辺境伯の意識を奪うだけて魔力を大量消費するのだから、作戦の性質上、そもそも前線は無理なアネットであった。
「私たちはある程度の変装をして、目立たないよう心がけましょう。あまり人に顔を見られないように」
「気をつける」
「とはいえど、モーダント家と繋がりのある多くの方々には、私がいることを気にかけないでもらうよう頼んでありますから」
モーダント家は単独で動いているわけではない。
父、バルス・モーダントの手腕により、組み入れている勢力は決して少ないといえる数ではない。
「完全にアウェイではないと」
「はい。ですから、異常事態が起こらない限り、作戦通りに動けば問題ありません」
「異常事態がないこと祈るばかりだな……」
本日の格好は、この場に適した正装である。
やや堅苦しさを感じるが、オーダーメイドであるからサイズはちょうどよい。
対してシャーリーは、いつもと比べると露出が多めであり、それは俺の心拍数の上昇をもたらした。
「……そろそろです」
「らしいな」
参加者の多くにアルコールが入り、頭の動きが弱り始めてきている。
それはエドワルド辺境伯、騎士チェイスも同様であった。
料理をかじりつつ、タイミングを見計らう。
「さあさあ、飲め飲め! 今日は素晴らしい日であるからな!」
上機嫌の辺境伯は、グラスを傾け酒をあおった。
顔が上気するのが見受けられた。
「チェイス、注いでくれないか?」
「はっ。では、お注ぎします」
今だ。
すでにこのとき、シャーリーは窓際まで俊敏に移動していた。
アネットに状況を伝えるためである。
「伝わりました」
遠くにいるアネットの様子を、シャーリーは魔法で確認したという。
「お見事だ」
なみなみと酒が注がれ、辺境伯は思惑通り、「眠らせの粉」が入ったであろう酒を飲み干した。
それから五分ほど経つと、辺境伯はチェイスに疲れを訴えた。
「辺境伯様はいったん自室で休まれるそうですが、みなさんには気にせず楽しんでいただきたいとのことです。すこしすれば戻られるそうです」
チェイスは状況を周囲に報告し、辺境伯の肩を持って自室へと運び込み始めた。
「いくぞ」
「はい」
辺境伯の邸宅は、モーダント家の比にならないほど大きい。
が、ゲーム知識と作戦会議のおかげで、脳内にしっかり情報をインプットしたため問題ない。
俺たちは辺境伯らを尾行する。
辺りに見張りのものはいない。
パーティーの方に人員が割かれているためだ。
「さあ、エドワルド様。お部屋ですよ」
「ああ……実に助かるよ」
扉が開けられ、ふたりが中に入ると閉められた。
ここまで作戦通りだ。
「いつ入る?」
「私が五秒数えます。ゼロになったら突撃開始です」
いって、シャーリーはカウントダウンを始める。
指で数を指し示しているのを見つつ、俺は魔力を展開していく。
シャーリーからは強い殺気を感じた。
五、四、三、二……。
――ゼロ。
心の中でカウントを終え、無駄のないステップで部屋への侵入を果たす。
勢いよくドアが開かれたことに、辺境伯は驚きを隠せていないようだった。
朦朧としながらも、辺境伯は状況を理解し、絶望の色を見せた。
「動かないでください」
シャーリーは、辺境伯に注射針を突きつけつつ騎士チェイスに宣言した。
「誰だ貴様! なにをしているかわかっているのか!」
シャーリーも俺も薄い覆面を被っている。
さきほどまで着ていた服の上に戦闘用の服を重ねている。
「ご覧の通り、辺境伯を人質に取りました」
あちらから、【瞬間移動】は使われていない。
それに、なぜか騎士チェイスは不気味な笑みを浮かべていた。
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