第4話 メイドと競争、魔獣討伐

 魔法の検証を終え、ようやく魔獣討伐の旅が始まった。


「かなり籠っていましたが、新しい魔法でもお使いになるのですか?」

「ああ、そんなところだ」


 一緒にいるのは、いわずもがなメイドのシャーリーである。

 俺たちは今、馬車の中にいる。


「馬車での移動は途中まで。すると、森に入ってからはデクスター様の独壇場ですね」

「シャーリーの魔法もなかなかじゃないか」

「デクスター様のお褒めに預かるほどではありません。魔法は未熟ですから」

「謙遜しなくていい。俺はお前を信頼している。それでいいじゃないか」

「……承知いたしました」


 やや不服そうなシャーリーであった。


 俺たちが馬車に乗るのは森までとなっている。

 そこから先は人が減ってくるので、気兼ねなく魔法を使える。

 地下室で魔力の使い方には慣れたが、正直シャーリーよりもうまく使えるかどうかはわからない。


 この体になってから間もない。

 魔法の経験もないに等しい。

 頼みの綱は、現代日本で培った想像力だけだ。


 魔法の発動にはイメージが肝要である。

 イメージの明確さが威力を左右するため、想像力は馬鹿にできない。


「確認となりますが、討伐が終わり次第、アイテムと魔石を回収します」

「そして、辺境伯家までそれらを送り届ける。それはシャーリーの担当だったか?」

「はい。雑用や交渉は私の担当ですから。本日に関しては、デクスター様はモンスターの討伐さえしていただければ構いません」


 辺境伯がどんな奴だったか、記憶という名の回廊における最奥部に位置するくらいの曖昧さだ。

 たとえ記憶が蘇っても、それが俺の転生した世界の辺境伯と完全に一致している保証はない。


 下手な真似はしないに限る。

 そういうわけで、シャーリーの提案は実にありがたいものだった。


「ないと思いますが、くれぐれも油断はなさいませんよう」

「安心してくれ。魔物に対して油断するような阿呆にならぬよう、注意しているからな」


 シャーリーは安心したようで、表情がいささか緩んだ。

 気が抜けた瞬間に、人には隙が生まれる。

 年相応の、無邪気なシャーリーが垣間見られた。


 流れるような黒髪と、メガネを通して見える、憂いを帯びたつぶらな瞳。

 だらしなさなど微塵もない曲線を描くボディライン。

 それらとシャーリーの表情があいまって、美しさが際立つ。


 シャーリーは美しい。

 街を歩いても、匹敵するような女性は、そう多くない。

 転生前には何度か考えた、そばにいてほしい女性の代表格である。


 俺はシャーリーの虜になっていた。


「あ、あの! 気を失っておいでですか?」

「いいや、そうじゃない。すこし考えごとをしていただけだ」

「考えごと、でしたか。それなら仕方ありませんね!」


 まじまじと眺めてしまっていた。

 どうも、欲望には抗えなかったらしい。

 やけにシャーリーが語尾を上げて話しているが、動揺したいのは俺の方だ。紛うことなき失態である。


 これは二度目なのだ。

 学習能力ゼロといってもいい。

 ちょっと可愛いからって、じろじろ見るのはいけない。


 それで嫌われでもしたら、破滅フラグを加速させるだけだ。

 シャーリーの可愛さに気を取られて魔物にやられでもしたら馬鹿過ぎる。


「シャーリー、あれだ。最速で魔物を倒す方法をじっくり思考していた」

「なるほど。それなら納得です」


 それなら、とかいわれてる時点で不自然であること確定なんだよな。

 失敗は失敗として受け入れなければいけないようだ。

 


「……着きましたね」


 馬車の外を、窓から眺める。

 そこはもう、青々とした木々が立ち並んだ森だった。

 窓を開けると、空気が澄んで心地よい。


「今から競争だな」

「デクスター様には及びませんが、私も死力の限りを尽くしたいと思います」

「それは恐ろしいな。油断しないよう気をつけるとしよう」


 正直、魔物を倒す前に全力を使い果たしたら本末転倒な気がするけども。



 馬車が去っていくのを横目で確認してから、走るための魔力を展開していく。

 今回求められるのは、瞬発性とある程度の持続性。

 さきほど練習した【魔力操作】が火を吹くだろう。


「では、位置について。用意」


 シャーリーの魔力もなかなかのものらしく、長髪がたなびいていて、だらりと下がることはなかった。

 なにより、心なしか威圧を感じるのだ。

 強力な魔力の使い手はオーラでわかるというが、それは本当だったんだな!


「スタート」


 俺もシャーリーもすぐさま走り出した。

 地面に足をつけて走るとスピードが落ちるため、半ば浮いたような体勢で先へ先へと進んでいった。

 魔力を両足に充満させて膜のようなものを瞬時に生成し、それを蹴り出すことで加速する。


 バネを強く押してから離す、あのときの反動に近い。

 加速した後は、次の落下地点を予測して同じ作業を繰り返す。


「疾いなッ!」


 シャーリーは膜を生成する間隔が狭く、それに対して俺の方は間隔が広い。

 細々とした魔力操作が難しいためである。

 魔力の扱いに慣れているシャーリーの姿は、水面を走る忍者を想起させた。


「勝負はこれからですよ」


 風景がビデオを早送りにするがごとく流れていく。

 そんな中でも、シャーリーの声や表情は読み取れるというのは、不思議な感覚だった。

 余裕のあるシャーリーに、俺は対抗心を燃やさざるをえなかった。


「まだまだ!」


 あえて、魔力の膜を展開する間隔を広げる。

 代わりに、魔力を直接体に付与し、スピードを出すことにした。

 体への負担と操作の難しさが跳ね上がるが、むきになってしまった以上は、つべこべいっていられない。



「「はぁ……はぁ……」」


 シャーリーも俺も、魔力の無駄遣いと体を酷使したせいで、完全に息を切らしていた。

 鬱蒼とした木々を抜けた、ここは開けた場所であった。 

 シャーリーは、息を荒げて胸を上下させているだけでも絵になっていた。


「今回は、シャーリーの、負けだな」

「デクスター、様。私の、限界を、試さないでください! 体を、壊します!」

「ハハハ。それはそれだ。魔獣を倒せたからいいじゃないか」


 本来であれば、魔獣はここからさらに先にいるはずだった。

 だが、魔獣も気が変わったのだろうか、なぜか下っていた。


「魔力を帯びた体で突進し、物理で魔獣を倒すなんて。なんて奇想天外な捨て身作戦なのでしょうか」

「やり方は気にするところではない。為すべきことは為した。そこになんの不満がある?」

「そういうことではなくてですね……」


 魔力の膜を踏み台にするのではなく、自分に魔力を込め、文字通り鉄砲玉のごとく前進する。

 擦り傷がひどく、デクスターとしての流儀に欠けるかもしれないが、いつかまた使える戦術だろう。


「これからまた、森の中に戻って色々回収しなければならないんですよ!」


 今回の目的は、魔獣の討伐だけではなく、アイテムの回収でもあったのだ。

 この倒し方では後始末が厄介だったのである。


「今後はこんな無茶苦茶なことしないでくださいね! 楽しかったですけど! それでは失礼します!」


 いって、再度引き返したシャーリーだった。


「行った、か」


 当然のことながら、服をひどく汚し、疲れ果てていたのはシャーリーも同様でああった。


「ああ、ダメージメイド服……汗ばんだ背中……そして浮き出る白い線……」


 はっきりいおう。

 扇情的にもほどがあった、と。

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