第5話 悪役令嬢との邂逅
「ふぅ……」
さきほどシャーリーは、やや刺激が強すぎた。
魔力と違うエネルギーが溢れ出しそうだったが、理性で押さえつけた。
「俺も帰るか」
シャーリーがアイテムを回収しにいってしまったし、やることはもうないわけで、ここにいても仕方ない。
森を抜けた先には、シャーリーが馬車を再度手配しているといっていたから、すぐ帰れるはず。
「まあ、もうちょい休んでからかな」
そもそも地下で魔法の特訓をしてから、さらに競争と称して調子に乗って魔力を空費したのだ。
気持ちは昂っているが、感覚が麻痺しているだけで、想像以上に疲れていることは確かなのだ。
はっきりいって、転生初日にすることではない。
それに耐えうるだけの
さすがは主人公を翻弄した悪役貴族である。
きっと、俺がモンスターに突進して倒したなんて知ったら、本当のデクスターは嘲笑するに違いないだろう。
ここに、人の気配はまるでない。
切り株の上でたわいもないことを考えても、時間の流れが遅い。
木々が揺れ、前髪が揺れ、脳内ではシャーリーの双丘が……。
「これじゃあ、ただの腐った煩悩貴族じゃねえか」
なるほど、これでは別の意味で邪悪すぎる。
悪役貴族の「悪役」とは、「非道の限りを尽くす」という意味ではなく、「色欲の限りを尽くす」という意味だったのか!
たぶん全然違うと思う。
「これも思考を誘導されているということなのか?」
その可能性は否定できないが、いささか防衛規制が過剰に働いている気がする。
人のせい、もといスキルのせいにするのはよくない。
与えられた条件の中で最善を尽くしてこそだというじゃないか。
「まぁ、考えても答えは出ないか」
いずれにせよ、煩悩を制御することに努めるべきだろう。
問題が起きたのは、休息後のことであった。
森を駆け抜け、馬車の停まっているという場所まで向かった。
すぐに馬車に乗れるはずが、予定通りにはならなかった。
「馬車が壊れた?」
「はい。こちらに出向く際に、突然襲撃を受けてしまったもので」
御者は、きまり悪そうに漏らした。
話によると、ここに着く直前に襲撃を受けたのだという。
突如として、馬車が崩れ落ちた。
原理はわからないが、まるで逆再生するかのごとく、組み立てられる前に近い状態になったのだ。
幸いにも御者は軽く尻餅を打っただけで済んだ。
馬の方は、御者が緊急時に備えて持っていた「眠らせの粉」のおかげで、暴走することなく静かに眠っている。
「不思議だな。そんな現象とは」
「そうですねぇ……生まれてこの方、私も見たことない類ですし。なにせ、炎魔法や弓矢での攻撃といった具合の、わかりやすいものとはかけ離れていますからね」
俺はその現象が無属性魔法によるものだと疑った。
目立ちにくく、かつ汎用性も高いそれなら可能かもしれないと思ったからだ。
もしそうだとすれば、ぜひとも俺も習得したいものである。
「それにしても、わざわざ私の馬車を狙うなんて勘弁してほしいものですね」
なぜ、この馬車が狙われたのか。
御者が犯人に恨まれていたと考えるべきだろうか、タイミングが悪すぎるし、それにやり方がやり方だ。
してみると、俺が狙われたと考えるべきか。
「それで、代わりの馬車はどうなっている?」
「こちらに向かってはいるものの、少々時間がかかるとのことで。申し訳ございません」
「気にしないでくれ。急ぎではないから問題はない」
さて、図らずとも暇な時間ができてしまった。
デクスターという立場を考慮すると、あまり人目のつかないところでぼんやりすべきだろうか。
「……そこのお方、何かお困りのようね?」
悩んでいる俺に、通りすがりの女性が高圧さをともなった声で話しかけてきた。
服装から鑑みるに身分が低くはないようだ。
赤みのあるシンプルなドレス姿、長く伸びたブラウンの髪からはややきつい香水の匂いが漂ってくる。
「そうだが、あなたはいったい」
「アネット。アネット・レズリーよ、デクスターさん」
噂の悪役令嬢、その人じゃないか。
今後正式に会う機会があるとのことだったが、まさかそれが早まるとは。
「はじめまして、でいいのだろうか。今後会う予定があったが、どうも早まったらしいな」
「別に早まってもどうとしたことはないでしょう」
「それはそうだが、アネット様はどんなご用件で?」
「私があなたを送るわ。次の馬車が来るまで待つのは面倒でしょう?」
ありがたい提案であるが、いささかタイミングというものが合いすぎというものだ。
忘れちゃならないのだが、相手は敵国の令嬢なのだ。
こちらを誘う罠であるかもしれない。
それでも俺は。
「助かる。それで、馬車はどこで待っているんだ?」
「すぐのところよ。私が案内するわ!」
どこか機嫌がよさそうだった。
「そういうわけで、俺はここで失礼する。別の馬車を手配してもらったのは申し訳ないのだが……」
「や、やめてください! 謝罪すべきはこちらの方ですから」
御者は、自分の非を強調した。
せっかく手配してもらった分、ドタキャンするのは気が引ける。
ただ、デクスターという立場であるから、すこしの横暴くらい平気であろう。
「それでは、いきましょうか!」
快活そうにアネットは歩き出した。
とぼとぼと後ろをついていく。
アネットは、背を伸ばし胸を張って歩いている。
自信に満ち溢れたお方であるな。
「アネット様、執事の類は同行していないのか?」
「残念ながらね。すこし前まではいたのだけど、現在はいないわ。誰ひとり」
アネットは婚約破棄をされるという設定。
この段階で、既に人間関係が崩壊したということなのだろうか。
執事の類がいないというなら、もしかするともう婚約破棄までされているかもしれない。
「悪い質問だったな」
「構わないわ。いずれ話す予定だったから。話すのが早いか遅いかだけの違いよ」
何度か路地を曲がっているが、いっこうに馬車がありそうな気配はない。
それに、人がどんどんいなくなっている。
「そろそろいいかしら」
「ん?」
アネットは、両手で俺の右手を握る。
ぶつぶつと口の中でなにかつぶやく。
それが終わると、俺に目を合わせた。
「……【縮地】」
一瞬のことだった。
視界が暗転し、気がつくと俺は洞窟の中にいた。
明かりは確保されているが、やや薄暗い。
「どういうつもりだ」
「……これでようやくふたりきりになれた。あの目障りなオッサンもいない」
「質問に答えろ。なにが目的だ。答えによっては殺りあうことになるかもしれないが」
強い言葉すぎたかもしれない。
しかし、状況が状況である。
どう出てくるかわからない。
「やりあう……なるほど、あなたもその気だったのね」
アネットの眼から光が消える。
「デクスター、私と繋がりましょう?」
アネットは、俺を押し倒すと恍惚とした表情で哄笑した。
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