第6話 蠱惑の古代魔法

 状況を整理しよう。


 アネットに触られた瞬間、見知らぬ洞窟に転移させられ、初対面のはずの彼女に押し倒された。

 再度認識した。

 どういう状況だよ。


「どういうつもりだ、やめろ!」


 即座に魔力を周囲に展開。

 無属性魔法を放ち、アネットを突き飛ばして距離をおこうとする。


「きゃっ」


 体が軽く宙に浮き、尻餅をついた。

 魔力で障壁を作っていたのか、あまり痛そうではなかった。

 それよりも、なぜか一層恍惚そうにしているのが気になる。


「素晴らしいっ! たまらないわ!」


 懲りずに俺を押し倒そうと試みようとしている。

 今度はあちらも魔法を発動している。


「だから、話を聞け!」


 抵抗が激しく、なかなか吹き飛ばされない。

 俺の上衣の隙間に手を入れようと必死になっている。

 しまいには俺の腹あたりを直で触られた。


 アネットは、腹を触ると抵抗が弱まり、また尻餅をつくこととなった。

 やはり快感の虜となっているらしく、心なしかビクンッと体が震えている気がする。


「ああ……一瞬繋がれたときのえもいわれぬ感覚。間違いなく至高の領域だった……純粋で強力……私の見込み通りだったようね……」


 それから数分後。

 ようやく俺たちは冷静に対話をおこなえた。


「話をまとめると、要はアネットは魔力中毒者だと」

「その通りよ。魔力ほど圧倒的な満足度を誇る娯楽はないわ」


 アネットの謎行動は、俺の魔力を直で感じるためだったという。

 そもそも、アネットは俺――つまりデクスターのことを「超絶タイプの魔力保有者」と狙いをつけていたらしい。

 本来であれば、例の密会の際に魔力を感じるつもりだったそうな。


 しかし欲望を抑えられず、空間移動系の魔法、【縮地】を発動した。

 アネットの実験室がある洞窟へと転移し、そのまま欲望の餌食となりかけた。


「あえていうが、アネット様って頭が弱いのか」

「そ、そんないい方はないでしょ!? これでも古代魔法の先駆者よ!」


 アネットは、この洞窟を使って夜な夜な古代魔法の開発に励んでいたそうだ。

 令嬢という立場上、魔法の研究にうつつを抜かしていたのは、あまりよく思われていなかったという。

 ついには婚約相手に見限られ、親族とも縁を切られ、メイドにも見捨てられた。


 つい最近のことだという。

 俺たちとの面会は、婚約破棄されてから決めたそうだ。


「魔力に取り憑かれすぎて、命の危険も顧みず、俺を押し倒して破廉恥な行為に及ぼうとする救いようのなさ。アネット、お前はそういう奴なんだな」

「やめなさい! 哀れなものを見るような目をしないで!」

「安心しろ、別にアネットは悪い奴じゃないから、な?」

「うぅっ〜〜!! 腹立つじゃない!! ああああ!!」


 なんとも残念な人である。


「魔法一筋なら、結婚しない方がよかったのでは?」

「断じて違うわ。潤沢な資金と膨大な資料は、結婚させられたからこその収穫よ!」

「そんなに結婚が嫌だったのか」

「当たり前じゃない、真の伴侶は魔力だけよ」

「だめだこりゃ……」


 正直、彼女の今後には不安しかない。

 婚約破棄されたため、身寄りはない。

 その熱狂的な魔力愛のために、変な宗教に引っかかって身をやつし、最終的には破滅する。


 アネットは、この世界に魔力があるせいで生み出された、内面が醜悪極まりない化け物なのかもしれない。


「もう私、だめね……これからどう生きていこうか……」

「どうするつもりだったんだ?」

「なにがあっても、柔軟に対応して、死ぬまで生きる?」

「それって行き当たりばったりなだけでは?」

「……」


 本当にすごいな、アネット。

 感覚で生きてきたタイプの人間かな?


「はぁ。これからどうしようかしら」


 本気で焦り始めている。

 正直、不安しかない人材ではあるが、当初の方針通りでいいか。


「俺についてきてくれないか。お前の古代魔法は、俺の野望を果たすために必要なんだ」

「野望?」

「この世界の覇者となる。魔法を極め、悪をこの手で捻り潰す」


 我ながら青臭い夢である。

 それに、これではまるで平和な暮らしなど望めないというのに。


「もしあなたが悪に堕ちたら、どうするっていうの?」

「そのときは、君に制止してもらう。道から外れたときが、俺の人生の終わりだ」

「了解したわ。あなたについていかせて、デクスター」


 アネットに手を差し出し、握手をした。

 やはり蠱惑じみた表情と声だったが、気にしない。

 かくして、交渉成立と相成った。



「仲間になったからには、私の戦力を知ってもらう必要があるでしょう?」


 仲間になったアネットは、このように提案してきた。 

 それが地獄の始まりだった。


 かれこれ数時間、アネットの古代魔法を見る羽目になったのだ。

 古代魔法の理論、実践、論文らしきもの、魔道具etc。

 嬉々としてそれらの説明をしていただいたが、正直後半に差し掛かってから記憶が曖昧である。


 特有の早口のためか、聞き手のこちらからすると、情報処理が追いつかない。

 彼女は歴々たる魔法オタクであった……。


「まだまだ話し足りないのだけれど、もう時間も時間。、帰るわよ」

「古代魔法、古代魔法最高……ハッ! 俺はなにをいっているんだ」


 薄暗い部屋での長時間拘束は、俺を洗脳させるには不足のない環境だったのだろう。


「わかってもらえて幸いだわ。今度は一日中、古代魔法愛を語り合いたいところね」

「結構だ。もう一度やったら見捨てるが、それでもやるか?」

「それは反則じゃない!」

「ならあとはわかるな?」

「はい……」

「それでいい」


 本当にこれ以上の拘束はもういらない。

 好きなものは好きな人同士で語り合うのが一番だと思うんだ。


「これから【縮地】で移動するのだけれど、どこの地点がいいかしら?」

「俺の邸宅の近くだな」


 大体の場所がわかるよう、目印を伝えておく。


「本当にここでいいのね」

「構わないが、なぜそれを?」

「私の【縮地】は膨大な魔力量を消費するの。連発できるわけじゃないの。場所が間違ってたら困るでしょう」


 瞬間移動の魔法は、かなり強力なもの。

 そういう弱点があったとわかると妙に納得だ。


「待て、するとあの数時間というのは」

「魔力回復のためよ。強大な魔力を秘めたあなたともっと繋がりあえていたら、話は変わっていたかもしれないわね」

「あの熱烈さで来られるなら、古代魔法の蘊蓄うんちくを垂らされていた方がマシだったよ」

「あなた性格悪いでしょ?」


 軽口はその辺で終わり、【縮地】が発動される。

 目の前には、見慣れた邸宅があった。


「成功したみたいだな」

「じゃあ、行きましょう……といきたいけど、魔力不足で弱っているから、肩を持ってくれない?」

「了解した」


 肩が回される。

 体勢を整える。


 そういって、我が家への第一歩を踏み出したとき。


 ――シュン。


 一筋の鋼が煌めいた。

 アネットの髪が数本、持っていかれた。


「……お帰りなさいませ、デクスター様?」


 一礼して、シャーリーが出てきた。


 凄まじい魔力を展開している。

 眉を痙攣させつつも、どうにか笑顔を保っている。


「この状況を説明していただけますか? 無理なら、その方はこれの餌食になりますがよろしいですか?」


 メイド服の中から、十数本のナイフが出てきた。

 魔力で操っているらしく、シャーリーの目の前で綺麗に整列した。

 刃先はこちらをまっすぐ向き、静止していた。


「もう一度いいます。状況を説明してくださいませ、デクスター様?」


 あれ、シャーリーってもしかしてヤバい女の子だった?

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