第19話 暗殺者の和解と裏切り
「案がある?」
「はい。新たな選択肢を作り出すのです」
諦めか戦闘かの二者択一。
しがらみから抜け出した先の答え、それは和解だった。
「正気なのか」
「それならアネットはどうなるのですか?」
「もっともだ」
フレデリカの実力は、仲間として取り入れるに値する。
しかし、孤立無援の悪役令嬢アネットとは異なり彼女には仲間がいる。
状況が違うのだ。
「リスクを背負うつもりか」
「私が注視するのはリターンの方です。彼女を手に入れることが、モーダント家にとっての利益になると考えてのことです」
「……わかった、交渉に出るとしよう」
むろん、受け入れられるかは別問題である。
いずれにしても、俺は既存の選択肢からメリットを見出せなかった。
そして、ノーリスクな選択肢は存在しなかった。
シャーリーとアネットの間ですぐに作戦の最終調整に取り掛かる。
敵方のフレデリカが痺れを切らしそうになったあたり。
ようやく、俺たちは彼女の前に姿を見せた。
「遅かったね。話はついた? 死ぬか、戦うか」
「ついたさ。どちらも選ばないという話が、な」
「なんのつもり?」
糸が具現化する。
明らかに硬度が高そうな、ギラギラと輝く何本もの糸。
警戒の色を示している。
「そのままの意味だ。俺たちが望むのは、戦いでも降伏でもない。和解だよ」
「なるほど、そう来たんだ」
フレデリカは微笑する。
やや頬を上げただけだったが、彼女の表情はそれを機にがらりと変わる。
顔を引き締め、真面目な表情となった。
「すくなくとも、古文書の情報なしには始まらない。だから、この件をちゃらにはできないよ?」
「情報は譲ろう。ただし、その瞬間からお前は俺たちの仲間だ」
「大事な仲間を
「改心すれば構わん。それに俺は実力主義だ。出身がどこであろうと関係ない」
俺たちの主張は、フレデリカにとって不可解であったらしい。
返答に窮し、いささかの沈黙が生まれた。
「変な人たち。でも、私がそんな提案受け入れると思う?」
「さあな。すくなくとも、俺はあんたを仲間にして損はないと思っている」
「私に組織を辞めろ、そういいたいの?」
「違うな。俺たちが求めるのは、そちらの組織にスパイとして残ってほしいということだけだ」
フレデリカが突如として組織を辞めれば、勘繰られるのは想像に容易い。
であれば、表面上は同じ役職のまま、腹の中ではデクスター陣営に属する。
そんな状態になってもらうのが好都合だ。
「私があなたたちに味方するメリットはあるの?」
「俺が目指すのは悪として悪を裁くこと。つまりは正義を執行することだ。フレデリカも正義の徒となれる」
「正義は主観的なもの。私の正義は組織に仕えることだから」
この反論は驚くべきものではなかった。
フレデリカの主張はここまで引っかかるものがない。
俺は説得を続ける。
「話は変わるが……質問をさせてくれ、フレデリカ」
「まだいいくるめようとするつもり? 別にいいけど」
「あんたが所属しているのは、【魔法殲滅の会】か?」
「それは違う。私を侮辱する気?」
食い気味に近い即答だった。
彼女もシャーリー同様、【魔法殲滅の会】に対して悪印象を抱いているようであった。
「申し訳ない。なら、共和国絡みか? 魔王国絡みか? それとも異星人か? それとも……」
いくつかの具体例を挙げつつ、表情に最大限の注意を払う。
彼女がとりわけ反応を示したのは、「魔王国」という言葉だった。
「なるほど、魔王国か」
「……よく私の無表情からわかるね」
「眼がよいのでな」
前に魔法を試した際に、俺の眼が光ったことがある。
ステータスには載っていなかったが、あれは本当に魔眼であったようだ。
青く光ると、視力の向上を身をもって体感することができる。
「それは予想外」
「で、魔王国とはどんな関係だ?」
フレデリカは折れ、事情を語り始めた。
いわく、魔王国もこの王国を狙っており、現在はその偵察にあたっているという。
相手を知ることから始めようと動いていて、すでにかなりの情報が集まっているらしい。
やはり滅亡の危機しかない王国だな。
王国なんぞに生まれてしまった原作主人公には、ドンマイという声を実にかけたくなる。
もっと楽な国でもいいだろうに。
ゲームに文句をいっても仕方ないのだが……。
「私は混じり気のない人間の血を引いてる。でも、魔獣たちの元でしばらく過ごし、育てられた。ゆえに真っ当な人間であるか断言しにくいかも」
「暗殺の技術は魔獣から教わったのか?」
「そう。人間と違って、本能で相手の弱点を把握してるから参考になるの」
「なるほど」
動物や植物の特徴を活かした商品が、現世ではそこそこ存在していた。
似たようなものだろう。
温故知新というが、学ぶべきは人間からだけじゃない。
「話を戻そう。私は知能を持った魔獣に仕えてる。奴らは、魔獣が人間を超越した存在になろうと、古代の人間が残したものを追い求めた」
「それが、アネットの持つ古文書だと」
「まさにそう」
分かれていた話のピースが、かちゃりと完全に噛み合う。
してみると、今度の敵は魔獣であるようだ。
「人間でありながら、人間に害を及ぼしそうな魔獣を支持するのか?」
「違和感はある。でも、私を育てたのは魔獣。その事実は変わらない」
フレデリカの中では葛藤が渦巻いているようだった。
暗殺者の感情は冷徹だとよくいうが、彼女も人間の感性はしっかりと持ち合わせていたらしい。
「じゃあ、一年間だけ試しにあちらの間者となってくれ」
「それは却下。一年は長すぎる」
「じゃあ三日間だけでいい。そこまでに考えてくれればいい」
「三日間……悩ましい」
フレデリカは揺れている。
自分の中に生じた感情に従い、組織からの反逆を試みてくれるだろうか――。
「別に二日でもいい。それならどうだ?」
「まあ二日間くらいなら」
しゃあっ!
どうにか上手くいったぜ。
「これからはいやしくも仲間ですから、よろしくお願いしますね」
「よろしくって、素直にはいいずらい相手。まあ、あなたの実力は認めざるをえないわね。それだけよ」
かくして、いったんフレデリカを仲間とすることに成功した。
この成功は単なるラッキーだが、結果オーライである。
仲間が増えた!
いえい。
着実に強くなるね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます