第2話 メイドさんは疑心暗鬼のようです

 貴族の家でいただく、豪勢な朝食はうまい。


 ひとり暮らしをしていたときのような粗食とはまるで違う。

 調理の腕から素材まで格別だ。

 心のなかで「うまい!」と連呼していた。


 朝食はふたりで、つまりシャーリーと頂いた。

 我が家の大黒柱こと、バルス・モーダントはもう食べて自室にいるとのことだ。


 そういうわけで、食事がてら情報収集をやっておいた。

 情報は大事である。

 情報がなければ始まらない。


「シャーリー、きょうの日付はわかるか」

「王国暦302年、6月3日です」


 【皇道を征く者】の暦法は、現代の日本と同じだった。

 シャーリーの発言によれば、俺の置かれている状況もゲームと同じらしい。

 6月3日となると、あと一週間もしないうちにイベントがあるはずだ。


「なら、6月9日の予定はどうなっている?」

「はい。敵国の令嬢、アネット様との面会がおこなわれます」


 アネット・レズリー。

 敵国の令嬢である。

 いわゆる悪役令嬢というにふさわしい人物だ。


 婚約破棄されるほど性格が悪い。

 物腰がきつく、正直お友達にはなりたくないタイプだ。

 ただ、彼女は古代魔術に長けており、戦闘面においてはかなり有用だ。


 実際、アネットはなかなか厄介な敵キャラだった。

 この世界では、古代魔術の研究がさほど進んでいないという設定であった。

 そのため、実戦で相見える機会がすくなく、対処するのが難しいのだ。


「了解した。アネットの要件とはいったいなんだろうな?」

「どうでしょうか。私めには到底想像できません」

「実際のところは?」

「敵国の令嬢が急に面会を申し出るなど、ふつうのことではないでしょう。つけいる好機と考えてもよろしいかと。念のため、襲撃されることも想定しておいた方がよろしいかと」


 さすがは有能メイド。だいたい当たっているし慎重さも充分ある。

 原作通りならアネットはすでに婚約破棄されたはずだ。

 まだ公表はされておらず、情報は伏せられていたと思う。


 アネットが俺ことデクスターの元にくるのは、モーダント家と協力関係を結びたいからである。

 古代魔術の研究を続けたいということが理由のひとつだったはずだ。


 アネットは好きな古代魔術の研究ができ、俺は有用な戦力を手に入れられる。

 まさにWin-Winの関係だ。

 素晴らしい。


「ありがとう。あと、きょうの予定を確認しておきたいのだが」

「本日は魔獣の討伐をおこなっていただきます。私も同行させていただきます」

「魔獣の討伐か」

「近頃、凶悪な魔獣が出る大元を潰しにいきますから、少々手こずるかもしれませんね。本日の大きな予定はそれだけです」


 丁寧な解説はありがたい。

 魔獣の討伐に俺が行くとなると、俺は魔法を使えると考えていいだろう。


 デクスターの使える魔法はあまり記憶にない。

 後で確かめておこう。



 シャーリーの後に食事を終えた。

 座席から立ち上がる。

 シャーリーはしばらくビシっと立ち続けている。


「ところでデクスター様」

「ん?」

「――あなた、本物のデクスター様ですか?」


 気がつくと、シャーリーに背後をとられていた。


 首元には短刀があてがわれている。

 すこしでも動けば血が出てしまいそうなほど近い。

 刃先が煌めく。


「どういうつもりだ?」

「今朝の様子を鑑みるに、いつものデクスター様とは、言葉遣いや仕草が若干違う気がしたのです」

「なにをいっているシャーリー。冗談にしては最低の品質だぞ」


 背中に冷たい汗がたらりと流れる。

 命の危険を身をもって体感している。


「……失礼しました。私の思い違いでしょう。気にしないでください」


 しばしの膠着こうちゃくの後、拘束が解かれた。


「いや、構わない。疑わせるような素振りをして申し訳ない」

「謝らないでください。デクスター様に刃をむけるなど、メイド失格もいいところ。どんな罰でも受け入れる覚悟はできております」

「深く考えるな。いまのことは忘れるから、気にする必要はない」

「ありがたきお言葉です」

「お前のことは信頼している。そんなことで死なれては困る」


 いうと、シャーリーは頭を冷やしてくると食堂から立ち去った。


 ……いやぁ、危なかったわ。

 転生後の死亡RTAを達成するところだった。

 まあ、いつも接している人の中身が変わったら、流石に違和感を覚えるよな。


 やはり演技は大事かもしれない。

 俺の演じるデクスターに、シャーリーが慣れるまでの辛抱だ。

 できるだけヘマはしないように、だな。


 その後、シャーリーは魔獣討伐の準備をするよう念を押してきた。

 戦闘用の服に着替えておくように、だという。

 寝室に戻って服を探し始める。


 タンスは大きかったが、同じ服が何着もあって、実際のところ、服の種類はそう多くなかった。

 ゲーム中における戦闘用の服はすぐに発見された。

 それに着替えてしまう。


「うん、似合うな」


 鏡に映った姿を眺める。

 繰り返すようだが、悪役貴族で人相が悪いとはいえ、決して容姿が整っていないわけではないのだ!


「デクスター様。荷物の用意はできていま……」


 寝室に入ってきたシャーリーは、俺が鏡で自分の姿をまじまじと眺めている様子をばっちり目撃してしまった。


 ……完全に固まっている。

 早々にやらかしたか?


「素晴らしい……」


 独り言の声量かつ早口でいうものだから、うまく聞きとれなかった。


「ん? なにかいったか?」

「いえ、なんでもございません。さあさあ、いきましょう!」


 やけに焦っていたようだが、それは別にいいだろう。

 さあ、魔法の実力を試すいい機会だ。

 魔獣討伐には気合いを入れて挑もうではないか。

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