エピソード10『ポンコツお姉さんと菩薩の手』

第20話 ポンコツお姉さん


 ぼくが上野から新幹線に乗り込み、指定席まで通路を歩いていくと、そこにはすでに高校生のお姉さんが腰かけていた。

 三つ並んだ座席。

 ぼくは切符を確認し、自分の席が窓際であることをもう一度たしかめる。本来ぼくの席である窓際に座っているお姉さんは、窓枠に肘をついて外を眺めていた。背の低い、髪は短めのボブ、眼鏡をかけていて、全体的に地味な印象。耳にはイアフォンが嵌まり、なにかの音楽を聴いているようだ。

 ぼくはちょっと迷い、それでも声をかけた。

「あの、そこ、ぼくの席なんですけど」

 気づいたお姉さんはこちらを振り向き、ふいにその目から一筋の涙をこぼした。透き通った雫が、お姉さんの丸い頬をつうっと一筋、伝い落ちた。

 ぼくはびっくりした。このお姉さん、泣いている。失恋でもしたのだろうか? 今はもしかして、傷心旅行の最中とか。

「あー、ごめんごめん」

 だが、お姉さんは何事もなかったように立ち上がると、通路まで出てきてぼくを奥へ通してくれる。ぼくはちょっとだけ頭を下げて、本来のぼくの席、窓際へ腰を下ろし、背中のリュックを足元に置いた。振り仰ぐと、お姉さんは眼鏡を外して、顔を制服の袖でごしごし拭っている。女子なのにハンカチとか持ってないのだろうか? ぼくは仕方なくリュックからポケットティッシュを出して差し出す。

「お、すまないね、少年」

 お姉さんはティッシュで顔をごしごしすると、そのゴミを制服のスカートのポケットに突っ込む。スカートのポケットはすでにそこそこ膨らんでいて、たぶん他にも要らなくなった紙くずなんかがかなり溜まっている感じだ。

「ありがとね、少年。で、君、名前は?」

 眼鏡を外したお姉さんは、目が大きくて案外可愛かった。

 ぼくはちょっと頬を熱くしながら、ぼそりと口を開く。

「草太郎です」

「そうか、草太郎か」なんか偉そうにうなずいて、通話側の席にどっかと腰を下ろすとお姉さんは、眼鏡を顔にもどした。

「あたしは、キナ子。水戸黄粉キナ子だ」


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