第34話 柔らかい手


 先生に職員室に呼ばれていた葵が士郎と合流したのが、そのあとである。A組の教室でまちあわせ、士郎はそのまま古武道研究会へ葵を案内した。

「あの、赤穂くん」廊下を歩きながら、葵がたずねる。「剣豪戦隊って、なに?」

 しごくもっともな質問である。が、なにと言われても困る。そのままド直球に説明するか? あるいはオブラートに包んでごまかすか。


「いちおう俺さ、いま古武道研究会ってのに入っててさ。そのメンバーが四人なんだよ。で、うちのクラスの水戸さんがさ、五人いたら戦隊になるからって、まあ、……あと一人、入ってくれる人を探してるんだ」


「古武道?」葵が首をかしげる。「あたし、そういうのに興味があるように見えましたか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

 ごまかすための話をごまかしつつ、なんとか三階の部室まで葵を案内する。


「おーい、連れて来たぞー」

 一声かけてドアを開けると、なかでは水戸キナ子によって真ん中に机が用意されていた。

「どうぞ」

 面接官よろしく、中央にぽつんとあるイスを進めるキナ子。

「はあ」

 困惑しつつも、短いスカートの裾をちょっと直して腰かける葵。いま気づいたが、脚も細くて、すね毛なんてまったくない。この子、本当に身体が男子なのだろうか?


 イスの上で不安そうに身をよじる葵。壁際では、黒田が腕組みして壁によりかかり、なんか変なプレッシャーをかけている。もう、やめろよ、そういう昭和の戦隊ヒーローのノリ。


 居心地悪そうに葵が士郎の方を振り返る。

「ああ、だいじょうぶだから」士郎は苦笑した。「二人とも、クセが強いけどただの正義のヒーローだからさ」


「三津葉葵さん」重々しくキナ子が口を開く。

 おまえは司令官かっての。

「わたしたちは、この世を闇に突き落とそうとする妖怪相手に戦う正義の戦隊、ブゲイジャーなんです。あ、このことはみんなには黙っておいてね。それで、あなたのことを見込んで、ぜひわたしたちの正義の活動に参加してもらいたいのです。どうですか? 三津葉葵さん、ブゲイジャーのメンバーにならない? いまならブルーの席があいてるんだけど!」


 キナ子は目をキラキラさせて熱弁するが、たぶんその熱意は葵ちゃんには伝わってない。

 士郎が、どうしたもんかと悩んでいると、葵ちゃんがきっぱりと返答した。


「あの、せっかくですが、あたし、古武道とかに興味ありませんし、部活もまだなにをやるか考えている段階なんです。あと、戦隊とか正義のヒーローとかも興味なくて、妖怪退治なんて、あたしには無理ですし、やりません」

 やりません、のところを、すごく力を込めて宣言した。


 あれ、葵ちゃん。案外気が強いのかな?

「えっ」まさか断られると思ってなかったらしいキナ子が驚きに目を見開き、分かりやすく落胆する。「えー、駄目ですかー」

「ごめんなさい」葵ちゃんがぴょこんと頭を下げる。「やりません」

 そう言い切って席を立ち、部室を出て行く。

「赤穂くん、ごめんね」

 ちょっと悲し気に、それだけ告げて葵ちゃんは去っていった。



「あーあー、残念だなぁ」キナ子が机の上につっぷす。「いい人材だったのにー」

「っても、名前にアオが入っているってだけだよな」

 士郎は苦笑した。

「いや、それだけじゃないですよ」顔だけあげたキナ子が口をとがらせる。「あの人、剣術やってるから。それも相当強いですよ」

「え? うそ。なんでそんなこと分かるの?」

 士郎が驚くと、キナ子が説明する。


「今朝握手したとき、手のひらに剣タコがありました」

「剣タコ? それなら俺にもあるぜ」士郎は自慢げに手のひらをキナ子に差し出して見せる。が、居合女子は鼻で笑う。


「赤穂くんのタコは右手じゃないですか。左手にないと駄目です。しかも、大きすぎです」

「大きいとだめなのかよ」

「はい。葵さんのタコは左手の小指と薬指の付け根にあります。ほんのかすかに。そして、あの人の手は、すごく柔らかかったです」

「柔らかいのって重要なのかよ」


「剣術は、上手い人ほど刀を緩く握ります。それこそ、すっぽ抜けるくらい緩く握るんです。そのレベルにある人の手は、すごく柔らかいです。葵さんの手は、そういう手でした。あの人、剣術やってます。そして、かなり強いです」


「そうなのかぁ?」

 士郎は首を傾げた。


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