第33話 そこもピンク


「というようなことがあってさ」

 放課後、校庭わきのコンクリート路で、その日の経緯をざっと桃山あづちと黒田武史に説明した士郎は、小さく嘆息した。


「A組の転校生の話は聞いているわ」

 腕組みしたあづちが少しだけ困った表情を浮かべる。本日の姫様は、制服のシャツの上になにも羽織っておらず、まくった袖から白い細腕が全開。ラフにゆるめた襟元からは、鎖骨も全開だ。さらに髪を後ろでしばってアップにしているので、おそらく後ろから見れば、うなじも全開なのだろう。


「男子なのに女子の制服着て、しかも、すごく可愛いらしいじゃない」

「おれもちらりと覗きに行ったが」黒田が険しい表情で感想をのべるが、つーかおめー、なに覗きに来てるんだよ。「たしかにそら恐ろしい可愛さだった。あれは男子が女装しているからこそ醸し出される、一種独特、禁断の色香という奴だな」

「なに、黒田くん。ああいうのが好みなの?」

 あづちが剣のある口調で黒田のことを睨む。なんか睨み方がマジである。


「いや、水戸さんが一度見ておけと言ってたのでな」

 なんか偉そうに言い訳する黒田。

「まあ、問題はその子を剣豪戦隊に入れるかどうかって話なんだけど」あづちは考え込むように腕組みする。シャツの下の豊かな胸が盛り上がるが、品のいいお姫様は下着を透けさせるようなドジは踏まない。「あたしは現行のままでいいという考えだわ。メンバーばかり増やしても、連携が取れなければ意味がないし。そもそも先生も水戸さんも、単にブルーが欲しいってだけなんでしょ?」


「そもそも、女子でブルーというのはアリなのか?」

 黒田がつまらないことを訊く。

「ああ、それはアリらしいぜ」今朝キナ子から仕入れた知識を披露しようとした士郎だが、実在する女子のブルーの名前はひとつも出て来なかった。「……何人かいるらしい」


「だが、本来戦隊は」黒田が眉をしかめて、なにやら意見をいう。「レッドがリーダーで、ブルーがクールなサブで、ピンクがヒロインで、イエローがカレー好きで、ブラックが用心棒的立場なのではないのか? だとすると、ブルーとブラックはなんかキャラがかぶりそうだが」


「おめえはなんの心配してるんだよ」さすがの士郎も呆れる。「おめえのキャラと葵ちゃんのキャラがまったく被ってねえじゃん。つーか、キャラ被りで戦隊を語るなよ」


「まあ、名前に色が入っている条件でメンバー選んでいる時点でどうかと思うけど」あづちがちいさくため息をつく。「でも、結果としていいメンバーがそろってると思わない? いい戦隊になってきていると思うけど」


「まあ、たしかに新メンバーはいろいろ問題あるし、大変だよな」

 士郎がそんな意見をいったとき、彼の前をちいさい影が走り抜けた。


 ランドセルに黄色い帽子。小学四年生くらいの男の子だった。彼は士郎たちの間を駆け抜けざまに、あづちのスカートをばっ!と、思いっきりめくっていった。

「ちょ、きゃっ!」

 高い悲鳴をあげ、短いスカートの裾をあわてて抑えるあづち。そして、士郎たちの方をきっと睨む。

「見たわね」

「いえ」

 士郎はすかさず否定した。が、

「ふうむ。さすが桃山さん。下着もピンクなんですね」

 黒田が余計なことを言う。その瞬間、

 びゅんと飛んできたあづちの平手打ちが、士郎と黒田の頬に炸裂する。ぱん、ぱんという小気味よい音が、校舎の壁にこだました。


「いってー、なんで俺まで」

 士郎が頬をさすると、あづちは「ふん」と怒ってそっぽを向く。

「にしてもあのガキ」

 士郎があづちのスカートをめくった小学生を睨むと、安全圏まで逃げてしまっている男の子はこちらを振り向き、思いっきりあっかんべーをしてきた。

「バーカ、おまえら高校生のくせに、戦隊の話なんかしてるんじゃねーよ。バーカ」

 言うや否やくるりと背を向けて、走り去る。


「あの、クソガキ」

 思わず追いかけようとする士郎を、あづちが止めた。

「やめなさいよ、赤穂くん」

「でもよ」

「彼、池波桃李くんっていうの。戦隊がきらいなのよ」

「え、あのガキのこと、あづち姫は知っているのか」

「大江戸団地に住んでいるわ」

「え、じゃあ……」

「うん、だいじょうぶよ。そっちは心配ないから、あたしに任せておいて」あづちは士郎たちにそう告げると、校門であづちを待っている車の方へ歩き出す。「じゃ、あたしは作戦にもどるわね。このあとその葵ちゃんが部室に面接にくるんでしょ。そっちはよろしくね」



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