第32話 転校生


「赤穂くん、よろしくね。三津葉葵と申します」

「おう、よろしく。赤穂士郎だ。えーと……」

 なにを言っていいか分からなかったが、とりあえず必要なことは伝えておく。

「えーと、分からないことがあったら、なんでも聞いてよ」

「はい」

 くしゃっと子猫みたいな笑顔を向けられた。くっそ可愛い。これが本当に男子なのか。

「三津葉くん」言いかけてちょっと考えた。「葵ちゃんって呼んでいいの?」

「はい。その方が嬉しいです」

 本当に嬉しそうな笑顔だった。

 まあ、身体が男だとしても、心が女の子ならば女子扱いでいいんだろう。勝手に決めて、すこし質問した。

「その制服。鬼百合女子のだよね。なんでまた?」

「あたし、九州に住んでいたんですけど、こんなだから両親とうまくいかなくて。男のくせに女の格好するなってお父さんに殴られたりしたから、見るに見かねた東京の叔父さんが一緒に住もうっていってくれて」


 自分のことを語る葵の目はきらきらしている。白い頬は美しい線を描き、鼻も口も小づくりで、猫のように大きな目が、美貌に映える。

 天使のような可愛さである。そして何よりも、彼女はすっごく楽し気にしゃべる。


「それで、叔父の伝手で鬼百合女子に入学できるはずだったんですが、直前でだめになって。保護者の方から男子を入学させるなんてありえないって声が上がって。身体は男子なのに、女子トイレを使うのかとか、女子更衣室を使うのかとか、体育のプールの時間は水着はどうするのかとか、いろいろ言われちゃって……」

「あー、そうか。そりゃ、たしかに言われるかなぁ」


 士郎は心の中で首をかしげる。いま葵が言った問題は、根本的に共学の大江戸高校でも解決せねばならない問題なのではないだろうか?

 だが、士郎の言葉をうけて、葵の心は傷ついたようで、ちょっとブルーになってうつむいている。


 士郎はあわててフォローする。

「いや、まだまだ性同一性障害とかトランスジェンダーとかに偏見は多いからさ。つーか俺もよくわかってないし」

 いかん、フォローになってないと思いつつ、ちらりと覗くときらっきらの瞳でまっすぐ見つめらてしまった。彼女(彼?)の可愛さに呆然としつつも、なんとか話を取りつくろおううとする士郎。


「まあ、女子高だと、いろいろややこしそうだよな。でも、これは俺の持論だが、高校は共学がいいよ」

 自分でも意味不明だが、士郎がそういうと、葵はぱっと顔を輝かせた。

「そうですよね! やっぱ女子ばっかりより、男子がいた方が楽しいですよね。赤穂くんみたいにカッコいい人もいるし」

「いや、俺はカッコよくは……」

 と頭を掻くが、まんざら悪い気はしない。


 そんな無駄話をしていると、いつの間にかホームルームが終わっていた。

 そして、先生がでていった瞬間、前の方の席で立ち上がった女子生徒がいる。水戸キナ子だ。

 彼女はぱっと身を翻すと、たったったっと士郎の席まで駆けてきて、三津葉葵に手を差し出した。


 とまどいつつもその手をそっと握り返す葵の顔を、はっと見つめたキナ子が嬉しそうに笑う。

「おめでとう! あなたは戦士に選ばれたわ。あなたは今日から剣豪戦隊のブルーよ」

「やめろよ、キナ子。その昭和の戦隊のノリは。俺も焼肉で誘われたけどさ」士郎は大きくため息をついた。「だいたい、名前が葵だからって戦隊のブルーは短絡的過ぎるぜ」


「だいじょうぶよ」なんか子供向けショーのノリでキナ子は腕組みする。「女子でブルーっていうのも大勢いるから。破裏拳戦隊のブルーとか、マジレン戦隊のブルーとかジェット戦隊のブルーとか」

「いや、そうじゃなくて、名前で選ぶの、もうやめようよって話だよ」

「あの」葵が口をはさむ。「もしかしてあたし、戦隊のブルーに選ばれたんですか?」

 ちょっと可笑しそうに目を見開く天使。

「そうです」

 シリアスな顔で重々しくうなずく眼鏡女子。


「でも、あたしの名前の葵は、植物の葵なので、とくにブルーではないんですが……」

「え? そうなの?」おどろく士郎。

「えー、そーなのぉー」激しく落胆するキナ子。

「そうなんです。せっかくですけど」

 ちょこんと頭をさげる葵。

 頭のハーフツインがやわらかく揺れた。

「ちぇー。いいと思ったのに」

 あっさり諦めて席に戻っていくキナ子。


「ごめんなさいね、三津葉くん」

 いつの間にかそばに来ていた生徒会長の井出ちゃんが、怖い顔で士郎のことを見下ろしている。

「このクラスには、古武道研究会っていう、ちょっと問題のある研究会の連中が二人もいるから、いろいろと迷惑かけると思うけど、なにかあったらあたしに相談して。あたしは生徒会長の井出萌香です。それよりあなた、生徒会の仕事に興味ある? 生徒会は有能な人材をいつでも募集しているわ。その気になったらいつでもあたしに声をかけてちょうだい。たとえば今年は学園祭……」

「井出ちゃん、その話、長い?」

 士郎の言葉にかぶって、始業のチャイムが鳴り響いた。



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