第43話 青の戦士、突撃!


 士郎たちが駆けつける寸前、土蜘蛛の大群に襲われたあづちは四方八方から飛び掛かる妖怪どもを処理しきれず、その背中にするどい爪の一撃を喰らって転倒した。あわや大群の餌食というところで、黒い旋風が走る。

「剣豪奥義! 烈風嵐斬」

 ぎらりと斬り上げた白刃が闇の中できらりと光り、妖怪土蜘蛛が三匹、いっきに斬り倒される。

「黒田くん」

 嬉しそうな声を上げるピンクガラシャの手を取って立ち上がらせた黒田は、なんか偉そうに「ここではブラックジュウベエだ」と、あーこいつ女にモテないなという返答。


 そこへ合流する士郎とキナ子。

 だが、波打つような群れで迫る土蜘蛛の数はありえないほど多い。刀を抜き放ち、互いの背を合わせて構えるブゲイジャーたち四人だが、じりじりと間を詰める土蜘蛛の集団に囲まれ始めている。

 妖怪土蜘蛛といえば、士郎が初めて変身したときに戦った相手だ。あのときは三匹だった。その三匹相手に、士郎と黒田、あづちの三人であたった。

 だがいま襲ってきている数は、その比ではない。百匹。あるいはそれ以上だろうか? 大江戸高校の生徒、一学年分くらいの数がごっそりいる。


 ──まずいな。

 士郎はマスクの中で冷静に判断する。この数の敵はいくらなんでも多すぎる。しかも団地の地下なので、ピンクガラシャのガラシャ・ガーランドは使えない。あづち姫の運動神経がいくらいいといっても、銃剣一本では一人分の戦闘力と数えられないし、取り囲まれた接近戦では大太刀のイエロージンスケも不利。


 なんとか撤退したいところだが、人質もいるし、離脱のタイミングもつかめない。そうこうするうちに、押し寄せる土蜘蛛の包囲が完成されようとしている。


「赤穂くん!」

「えっ?」

 声がして振り向くと、闇の中、土蜘蛛の群れのむこうから、輝くような美少女がたったったっとこちらに向かって走ってくる。

「葵ちゃん、危険だ。来るな!」

 だが葵は止まらず、そのまま土蜘蛛の爪をかわして、士郎たちのところまで飛び込んでくる。


「ちょっと、あなた何してるの。こいつらがどれほど危険な妖怪か分かっているの?」

 銃剣を構えるピンクガラシャが背中越しに一喝するが、葵ちゃんは引かなかった。

「あたしもやります。みんなと一緒に戦います」

「無茶いわないで。敵は百匹以上の妖怪よ。集団戦は味方同士のタイミングが合わないと……」


 あづちのその言葉を遮るように、葵が腕を突き出した。その白い指には刀の鍔、変身アイテム・ツバチェンジャー。

 そして、躊躇なくスイッチオン。


「士魂注入!」凛と響く美少女の声。「剣豪チェンジ!」


 叫んだ瞬間、葵の細い身体を、青い冷気がめらめらと絶対零度の炎で包み込む。

 青い閃光とともに出現したのは、蒼き狼が如きスレンダーな戦士。


 ぴっちりしたブルーのスーツに全身を覆われ、手足にはスチール・アーマー。胸の部分もライト・アーマーで覆われている。シンプルなマスクは頭の上に尖った耳。獲物を追う猟犬の耳だ。


 青の戦士はバッと前膝を折り、低い前傾姿勢。刀の柄に手を掛けると、しずかに名乗りだす。

「百匹いようがぶった斬る」

 そこから一気に刃を上まで抜き放った。

「地獄の猟犬!」裏返る声で絶叫。「ブルーチューイ!」


「チューイって誰?」という士郎の問いと、「その名乗りはいつ考えたのだ」という黒田の突っ込みは無視された。


 抜いた刀をこめかみの横に構えたブルーチューイは、絶叫する。

「チィェェェェェェェェェェーーーーーーーーィ!」

 叫ぶや否や突然駆け出し、猛烈な勢いで妖怪の群れの中に突撃していく。

「ちょっ、葵ちゃん!」

 士郎が止める間もありしゃしない。

「いくぞ、ムサシ」

 チューイの突撃にならって飛び出すジュウベエ。


「わかってる!」文句をいいつつ走り出すレッドムサシ。「二人でブルーのカバーだ。ガラシャ、ジンスケ。俺らが中央突破するから、敵の両翼を牽制してくれ。囲まれるのだけは防ぎたい」

「長銃は使えないから拳銃を使うわ。ジンスケ、そっちはだいじょうぶ?」

「任せてください」大太刀の柄に手を掛けたイエロージンスケが、すっと腰を落とす。「剣豪奥義! 雷速抜刀!」

 稲妻が闇を照らし、三匹の土蜘蛛がいっきに吹き飛ぶ。

 それを見て安心した士郎は、突撃する葵を追いかける。


「チィェェェェェェェェーーーーーイ!」

 絶叫とともに敵に斬りつけるブルーチューイ。初めての戦闘だというのに、その一太刀にはいっさいの躊躇がない。額の脇からマサカリの如く切り落とす斬撃は、目の前の土蜘蛛を真っ二つに割る。

 一撃が激しすぎて、二つに割れた土蜘蛛の身体が、左右に勢いよく吹っ飛んでいく。


 しかも……。

 通常敵を斬るとき、使い手の足は止まるものである。斬りつける一瞬、足を踏みしめるため、敵を斬ったその瞬間は止まらざるを得ない。それが士郎の常識。いや固定観念だった。


 だが、葵。ブルーチューイの一刀は、斬撃の瞬間も立ち止まらず、走り続けるのだ。土蜘蛛の群れの中に突撃しても、その足も手も止まらない。

 まるでチョキチョキ動くハサミが、妖怪の群れを裁断して突撃するがごとし。走り抜けるブルーチューイのあとには、妖怪の青い血と、ばらばらに切り裂かれた身体の破片が残るのみ。

 蒼い彗星が走り抜けたあとには、まさに死屍累々。妖怪の残骸が道を作っていた。


 だが、そのブルーチューイへ、背後から飛び掛かろうとする元気な土蜘蛛も何匹かいる。

 熱に浮かされたように突撃をつづける葵を守って、士郎と黒田が交互に飛び出して露払いをする。


「こら、ジュウベエ。好き勝手に動きやがって。呼吸を合わせるこっちの身にもなってみろ」

 士郎は文句を言うが、黒田はどこ吹く風。

「俺は葵殿を守るために動いているのみ。文句なら葵殿に言えぃ」

「チェエエエエエィィィィィーーーーーー!」

 走り回る葵の後を追って、ブラックジュウベエとレッドムサシが駆けまわる。



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