第29話 ありがとー
日帰りで終わらせるつもりが、結局二泊になってしまった。
水戸キナ子は明日の新幹線で東京に帰ることに決めて、その晩も寺に泊めてもらうことにした。
大狒々を退治したあと寺に戻ると、住職が夜食を用意してくれており、膳を整えながら「やっと思い出したよ」と話しかけてきた。
「草太郎というのは、明日香さんが可愛がっていた野良犬だね。二十二年前、明日香さんが天神様に捧げられたのち、ここの石段の上で倒れて死んでいるのが見つかり、墓地の奥の杉の木の根元に埋めたんだ。今もあの場所にお墓は残っているんじゃないかな」
「犬、ですか」
膳のまえに正座したキナ子は周囲を見回した。
大狒々を倒したあと、周囲を見回すと、草太郎の姿はどこにもなかった。
「もしかして、明日香さんを守るために狒々の化け物と戦って力尽きたのかもしれないね。そのことがずっと心残りで、成仏できずにキナ子ちゃんを上野まで迎えにいったのかもしれないよ」
「そうですか」キナ子とは少し寂しそうに、ぽつりとつぶやいた。
翌朝、墓地のすみにある杉の木の根元で、犬の草太郎のお墓を見つけたキナ子は、丁寧に手を合わせたのち、ご住職の好意で駅まで車に乗っけて行ってもらい、改札でご住職とは別れた。
きちんと時刻表を見て寺を出て来たため、無人駅でしばらく待つと二両編成の電車が走ってくる。単線なのでホームはひとつ。仙台行きのプレートを確認してキナ子は電車に乗り込んだ。
「お姉さん!」
窓の外から声をかけられ、振り向くとホームに草太郎が立っている。
「お、草太郎」
窓にかけより、錆びて動きの悪いガラス窓を開ける。車内から首を出して、キナ子は笑った。
「草太郎、しっぺい太郎を見つけてきてくれて、ありがとう。あれがなかったら、危なかったぞ」
「こっちこそ、ありがとう」草太郎は快活に笑う。「あの大狒々の化け物たちを退治してくれて」
電車が動き出した。草太郎がホームを歩き、やがて走り出す。
「草太郎、若さってなんだ?」
走る草太郎にキナ子は叫ぶ。
「え?」
「諦めないことさ」
「え?」草太郎は走りながら首をかしげる。「なんの話」
「愛ってなんだ?」キナ子は嬉しそうに笑った。「悔やまないことさ!」
キナ子は叫んで手を振った。
ホームの端まで走ってついてきた草太郎は、立ち止まると「お姉さーん!」と叫んで手を大きく振る。「ありがとー!」
キナ子も、だんだん小さくなる草太郎の影へ向けて、いつまでも手を振り続けた。
草太郎、この土地でいつまでも静かに眠れ。明日香さんとともに。
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