第28話 2月2日! ……あ、いや二十二年前!


「はあ?」思わずキナ子は身を起こした。「バカ、草太郎! こっちに来るな!」

 そして、しっぺい太郎を持って来たって何だ、持って来たって……。

 彼の手には黒い棒が握られている。座禅のときに使った警策だ。おいおい、それ何の役に立つんだよ。黒い影どもが草太郎の登場に反応して、いっせいに彼の方へ動き出した。先頭の一体が少年に迫り、情け容赦ない体当たりを敢行する。が、草太郎は人間離れした身のこなしで影を躱しざま、手にした警策で影を打ち据えた。警策は影をすり抜けず、黒い巨体が纏っていた布のような煙のような何かを引き剥がし、その下から白銀の毛皮につつまれた巨大な狒々ひひの姿を月光の元に照らした。

「なに?」キナ子は息を呑む。

「ひょおぉぉぉぉぉぉぉーーー」

 正体を晒した大狒々は、赤い目を剥いて夜空に吠える。

「しっぺい太郎だ、し、し、し、しっぺい太郎がきたぁぁぁぁ」

 草太郎はさらに踏み込んで二体目、三体目の影の黒い闇も拭い去る。が、そこで側面から飛び込んできた、正体を露わにされた大狒々の太い腕に跳ね飛ばされる。だが、宙に飛ばされながらも、手にした警策をキナ子の方へ放り投げていた。

 そうか。あれはただの木の棒ではない。文殊菩薩の手なのだ!

 キナ子はそれを空中でキャッチ。そのまま着地すると、跳ね飛ばされてきた草太郎の身体を片手で受け止めた。

「だいじょうぶか、少年」

「お姉ちゃんこそ!」

「こう見えて、鍛えてますから」キナ子はふっとマスクの中で笑み、少年を下ろす。「ありがとう。助かったよ」

「へへーん」草太郎は自慢げに鼻の下をこする。「その棒は昔は竹箆しっぺっていったんだ。それはただの棒じゃなくて、文殊菩薩の手なんだぞ」

「知ってるよ」

 大狒々どもがもの凄いスピードで周囲を巡り始める。

「殺せ、殺せェ!」

「あの黄色い生贄もォ、小賢しいチビ助もォ、屠ってしまえェ!」

 キナ子は草太郎に「ここにいろ」と告げて、前に出る。

「どうやら、もう一度名乗った方が良さそうだね」

 イエロージンスケは肩幅に足を開くと、両腕を斜め水平に開いてポーズを決めた。


「スカッと参上、スカッと解決! 人呼んでさすらいのヒロイン。イエロージンスケ!」

 びしりと見得を切った。


 ジンスケの周囲で、飛燕のように動き回る大狒々たちの巨体は速い。ブゲイソードが通用するとしても、こいつらを倒すのは難しい。だが、ここまできて後に引くわけにはいかなかった。落とした大太刀に歩み寄って拾い上げると、刃を一度、グラブの指で拭って納刀した。

「おのれェ、生贄ェ!」

 三匹の大狒々が一斉に赤い眼を見開き、牙を剥いて突進してくる。イエロージンスケは大太刀を鞘ごと左手で前に突き出すと、親指で鯉口を切った。


 先頭の大狒々が真正面から。

 が、これはフェイク。本命は左上から飛び降りてきている奴。

「22年前、明日香さんを殺したのは、おまえらかっ! 剣豪奥義! 雷速抜刀!」


 ジンスケが体軸上で身を変化させながら、一足分位置をずらし、上から襲いかかってきた大狒々の閃く爪を躱すと、その場でぱっと血煙があがる。

 雷撃を纏った神速の抜刀。大狒々の身体は腰斬されて真っ二つになり、そのまま地面に血を撒き散らしながら転がる。

「知らないィィ」

 胴をふたつに断たれた大狒々は悶絶しながら爆散する。 


 ジンスケはすかさず抜き放った右拳を額に寄せ、天横一文字に大太刀を取ると、そこから天縦一文字に構えを変え、背後から拳を突き込んでくる二匹目に対して、「嘘をつけ! 剣豪奥義! 雷陣二躬らいじんにきゅう!」


 真向上段からたい単身ひとえみに開いて狒々の大きな拳を躱しざま、雷撃を纏って妖怪の腰まで斬り下ろす。

 すかさず刃を狒々の身体から抜いて、峯に手を添え上段鳥居の構え。


 上から襲ってくる三匹目を刃で牽制しつつ、打ち下ろされる猿臂を躱して押切りに腹を斬り裂き、「おまえらだなっ! 剣豪奥義! 雷捲逆頭上らいけんぎゃくずじょう!」


 身を翻し、刃を翻し、逆の単身で腰まで斬り下ろす。刃を敵の身体の中に残しておくと抜けなくなるので、すかさず引き外し、血ぶるいをくれて、槍構えから納刀した。


 イエロージンスケに真っ二つに斬り裂かれ、あまつさえ雷撃を喰らった大狒々たちはつぎつぎと砕けて燃え上り、爆散してゆく。

「ごめんなさァァい」


 そんな大狒々たちの謝罪の声を聴きつつ、ジンスケはしずかに息を「

ふーっ」と吐いた。 



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