第27話 しっぺい太郎を持ってきた


 水戸黄粉は、長持の中で後悔していた。

 暗いし、狭いし、息苦しいし。おまけにこのあと、勝ち目のない妖怪と戦わなければならない。どうせ襲われているのは人間じゃないし、放っておいて逃げてしまっても良かったかもしれない。だが、勝ち目がないからといって逃げてしまっては、自分は変身ヒーロー、いやヒロインとしての資格がないことを証明してしまう。負けると分かっていても戦う。それがスーパー・ヒーローであるのだ。

 だがどうする? このままでは、もしかしたらあたしはあの化物どもに、喰い殺されてしまうかもしれない。スーパーヒーローが負けるなんてあっていいのだろうか?

「これじゃあ、光超戦士シャンデリヲンの最終回だよぉ」

 でも、あれは物凄く格好良かったから、それもありか?





 ぼくはお寺の玄関からなかに飛び込むと、まずは電話帳を開いて「しっぺい太郎」を探した。「し」のところにも「た」のところにも載ってない。どうやら「しっぺい太郎」は電話を持っていないのかもしれない。そうだよな、今は固定電話をもたずにスマホだけで事足りる。電話がなくても困らない。

 はっと、そこで気づいた。インターネットで探せばいいんだ!

 ぼくは和尚さんが留守なのをいいことに、奥の部屋に入り、パソコンを動かす。

 「しっぺい太郎」で検索すると、それに関する伝説が出て来た。

 しっぺい太郎って、江戸時代の犬じゃないか! 化物退治に活躍した犬。そんなの、現代にいないでしょ。しかも長野県にいたらしい。ここは宮城県。いまから探しにいくのは間に合わない。だめだ。インターネットの情報じゃあ、足りない。よし。大辞苑でしらべよう。分からないことは、大辞苑で調べる。これが一番だ。

 本棚の前にもどり、大辞苑を取り出して開く。

 しっぺい、しっぺい、疾病。病気のことだ。ちがう、これじゃない。しっぺ、しっぺ返し。竹箆返し。……え? あの指でぺしってやる「しっぺ」? ……じゃあ、もしかして、あれを持っていけばいいのかな? 「しっぺい太郎」ってあれのこと? ん? あんなもんで、本当にいいのか?



 長持が止まり、静かになったのち、結構乱暴に下ろされた。

 さっきまで斜めになって上下に揺れていたので、天神社への石段を登っていたのだろう。ということは、いまは天神社の境内に到着したということか。周囲から人の気配が引き、しばらくすると何か高速で移動する異様な気配が周囲を回り始めた。

「ひょおぉぉぉぉぉ」

「ひょおぉぉぉぉぉぉぉぉー!」

「しっぺい太郎は、おるまいかァ。しっぺい太郎はおるまいかッ!」

 来たか。

 しっぺい太郎はいないが、やるしかない。水戸キナ子は、長持の蓋を弾き飛ばすと、勢いよく立ち上がった。あんまり勢いよくたちあがったので、立ちくらみがしてしまう。ただでさえ暗い周囲がさらなる闇へと沈んだ。

 長持を囲む妖怪は三匹。丸い頭からすっぽり黒い布でもかぶったような、いわゆる西洋の幽霊風。目ばかりがほおっと赤い光を放っている。

「生贄だァ」

「生贄の娘が来たぞォ」

「今年も若い娘だァ」

 キナ子は長持から飛び出すと、ポケットから取り出したツバチェンジャーを翳す。なんとか視界ももどってきている。

「士魂注入! 剣豪チェンジ!」

 彼女の身体の周囲を黄色い雷撃が包み、白煙とつんとくるオゾンの匂いが立ち込める。


 次の瞬間、そこには制服姿の女子高生と入れ違う様に、黄色いブゲイスーツに身を包んだ剣豪戦隊の戦士が立ちはだかっていた。


 ブゲイスーツが亜空間から転送されてキナ子に装着されるタイムはわずか三マイクロ秒。では、ここでその変身プロセスをもう一度見てみよう。

 ツバチェンジャーの音声スイッチに反応し、亜空間から転送された防刃防弾ブゲイスーツがキナ子の身体を包み込む。

 さらに、両腕に籠手アーマー、両脚に脛当アーマーが装着され、腰に強化角帯が巻かれて、三尺三寸の大太刀と一尺九寸の脇差が差さる。

 頭部がブゲイメットで覆われ、顔面に防護マスクが下りて「面頬オン!」、開いている目の部分に防護バイザーを下ろして「バイザーロック!」


 千鳥足で身体を揺らしたキナ子は、指で作った盃手を突き出すと、足をクロスさせて身体を一回転させながら腰を落としてポーズを決める。今週は酔拳の名乗りだ。

「剣豪戦隊ブゲイジャー! イエロージンスケ!」

 腰を落とした姿勢のまま、刀の柄に手を掛ける。本来居合の抜刀は座した状態から始まるもの。

「けけけけけけけけけけぇー」

 黒い影がジンスケの周囲をぐるぐる回り始めるまで引きつけてから、キナ子は抜刀。抜き放つ刃とともに一回転して、360度を薙ぐ一文字の太刀筋。しかし、その刃の旋風を、黒い影どもは何事もなくすり抜ける。

「くっ……。ぐはっ!」

 背後から影の体当たりをくらって吹き飛ぶジンスケ。こちらの攻撃は当たらないのに、相手の攻撃は当たる。ちょっと理不尽である。


 地を転がったジンスケは、くるりと地上で身を翻して片膝立ち、大太刀の峯に手を添え頭上にかかげ、『上段鳥居』の構えに取る。迫ってくる影に、頭上の太刀の切っ先を突き込むが、こちらの突きをすり抜けた黒い影の体当たりを喰らって、ふたたび跳ね飛ばされた。バイザーの内側で赤い警告メッセージが点滅し、ブゲイスーツの防御力が限界に達していることを表示している。


 不味い。こうなったら、剣豪奥義をぶちかましてみよう。もっとも、それが通用しなかったら、本格的に手がないが……。

 立ち上がったジンスケは、腰だめの槍構えから、大太刀を鞘に納め、柄に手を掛ける。

「お願い通用して」キナ子はちいさく呟きながら、突進してくる影に対して腰を落とす。「剣豪奥義! 雷速抜刀!」


 大きく一歩踏み込んだ神速の抜刀と同時に、付加攻撃の落雷数本が、黒い影に突き刺さる。が、キナ子の刃はすり抜け、天から突き刺さってきた雷撃は、レインコートを伝う雨粒の様に影の表面で弾かれた。

「あっ」呻いて跳ね飛ばされる。

 数メートル吹き飛ばされて倒れ込み、彼女の手から大太刀の柄が零れ落ちた。鍛え抜かれた黒鉄の刀身が境内の石畳に転がり、鈴のような金属音を放つ。万事休す。これはもう立ち上がれないかも知れない、肉体的にも、精神的にも。だが、そのとき……。


「お姉さぁーん!」境内に草太郎の声が響いた。階段を駆け上がってきた少年は、こちらに向けて手を振りながら駆けてくる。「しっぺい太郎を持ってきたよぉー」

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