第23話 白羽の矢


 直径二十センチ弱。全長三メートルほどか。AIM9スパローミサイル並みに巨大な矢の尾部には、目に染みるほどに白い矢羽がついていた。白羽の矢だった。

 白羽の矢を見上げていたお姉さんは、やがて躊躇なくその家の中にずけずけと入って行った。玄関で靴を脱ぎ散らかし、そのまま畳の上に紺色の靴下の足を踏み出す。

 奥で寄り添うように固まっていたおじさんとおばさんと、髪の長い娘さんが、茫然と顔を上げる。

 ぼくは髪の長い娘さんの顔を見て、はっとした。知っている。ぼくはこの娘さんを知っているぞ。この人は明日香さん。間違いない。絶対に忘れたりしない大切な人だ。

 そんなぼくの驚きに気づかず、お姉さんは物おじせずに口を開く。

「どうしましたか? なにかお困りですか?」

 最初キョドって目を泳がせていたおじさんは、お姉さんの自信ありげな態度にほだされ、おずおずとやがて口を開いた。

「今年の天神様への人身御供が、うちの娘に決まったので、それで別れを悲しんでいたのです」

 感情のこもらない、棒読みな説明だった。そこからはおじさんの深い悲しみと、諦めの気持ちが汲み取れた。

「安心してください」肩幅に足を踏み開いたポンコツお姉さんは、大きなモーションで腕組みした。そして胸を反りかえらせて自信たっぷりに宣言する。「生贄を要求する神様なんか、この世にはいません。それはきっと妖怪の仕業です。妖怪ならこのあたしが退治してあげます。お任せください」

 お姉さんはきっぱりと言い切った。

 背が低く、中二のぼくとおんなじくらいしかないお姉さんの身体が、このときばかりは一回り大きく見えた。ポンコツだと思っていたお姉さんの背中が、このときは本当に頼もしく見えたんだ。もしかしたら、この人なら、天神様を騙る悪い妖怪を退治してくれるかもしれない。そんな風にぼくは信じてしまったのだ。



「よし、まずはお墓参りからすませてしまおう」

 おじさんの話を聞いたポンコツお姉さんは、外に出るとまっすぐに村の奥を目指した。村の奥は急峻な山岳地帯に接しており、急斜面に刻まれた一本の筋のような石段がある。お姉さんはスポーツバッグのポケットから、誰かが書いてくれた子供の落書きみたいな地図を取り出して方向を確認し、その石段を指さした。

「お寺はこの石段の上だね。で、天神社はそのさらに上だ。まずお墓参りを終わらせちゃってから、妖怪退治することにしよう」

 うーん。ぼくはちょっと首を傾げながら、お姉さんのあとについてゆく。

 さっきのおじさんの話だと、天神様は深夜にならないと姿を現さないとのことだった。いま行っても妖怪はいないんじゃないだろうか? それともこのあと、日が暮れるまでこここで待つつもりかな? たしかにお姉さんのスポーツバッグは大きくて、一泊するくらいの荷物ではあるのだが、ふつうお墓参りで泊まる用意をしてくる人はいないよなぁ。

 村の一番おくの石段は、真下から見上げると崖に刻まれたギザギザ模様と大差なかった。角度が急で、段の幅も狭い。これを登るのは、ちょっとした柔道部の下半身トレーニングだ。足腰に自信のあるぼくはまだしも、お姉さんは大丈夫なのだろうか?

 地上から、天界へつづくような石段を見上げていたお姉さんは、しばらくしてから溜息混じりにつぶやいた。

「これ、二百段以上あるな……。しょうがない、あれやるか」

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