第22話 英語版も歌ってます


 結局そのあと、その曲を大ボリュームで聴かされ、次いでエンディング、英語版オープニング、ついでにカラクリがどうとかいうアニメソングまで聴いてやっと許してもらえた。

「で、少年、きみ、どこまで行くの?」

 普通それ聞くの、もっと早いでしょ。

「あ、ぼくは仙台までです。そこから仙海線に乗り換えて、最終的には天神村というところまで行きます」

「え! 天神村まで行くの?」お姉さんの顔がぱっと輝いた。「良かったー! あたしもそこまで行かなきゃならないんだよ。お母さんにお墓参り行ってこいって言われてさ。でも、渡された地図がいい加減で、こりゃ辿り着けないかもなーとか思ってたのよー」

「はあ……」

 お姉さんはぼくの肩をばん!と叩いた。

「よし、旅は道連れ、一緒に行こう」

 満面の笑みである。ぼくは小さくため息をついた。どうやら、変なお姉さんを引率しなけばならなくなったようだ。

 そのあと聞いた話によると、天神村にあるお墓は、特にお姉さんの親族というわけではないようである。なんでも、お母さんのお友達のお墓であるとか。ちょっと不思議なのは、そのお友達のお墓をなぜ、娘であるお姉さんにお参りさせようとするのかである。そんなぼくの問いかけに対するお姉さんの解答は、「いやー、うちの母すでに死んじゃってるからね」であった。

 すでに死んでいる? では、お墓参りは遺言なのか?

 さらにたずねようとすると、お姉さんは車内販売で回ってきた売り子さんから、炭焼きコーヒーとカップアイスを買っている。

「少年も食べるか?」

「いえ、結構です」

 おごってもらうのは悪いので、遠慮しておいた。

 しばらくして新幹線は仙台駅に着く。

 次は仙台だというアナウンスが流れているのに、お姉さんはまったく降りる用意をしない。列車が減速に入ってやっと荷物をまとめはじめる始末だ。手際が悪い。なぜか降車の準備をぼくが手伝い、なんとか仙台駅で降りる。

 そのあとも、乗り換えに手間取り、駅構内で迷い、そのくせ名物の鯖の押し寿司は食べたいとか騒いで売店を探し、買う段になって財布がないとまた騒ぎ、カバンのポケットに有ったと大喜びし、一時間に二本しかない仙海線に乗り遅れそうになって、ホームを走るはめになった。

 それでもなんとか間に合い、ボックス席につくとお姉さんは嬉しそうに鯖の押し寿司を開ける。が、中から出て来たのは、光り物ならぬ赤身の魚。

「サバじゃねえ!……」

 お姉さんはがっくり肩を落とすが、すぐに立ち直る。

「サバっていっても、フランス語じゃないからね」

「その情報いらない」

 ぼくが言ってあげると、すごく嬉しそうだった。

 ぼくもちょっと楽しくなってきた。このポンコツお姉さんが一緒だと、長い道中、退屈しなくて済みそうだった。

 一時間以上単線の線路に揺られ、無人駅で下車して、一時間に一本のローカルバスに揺られることさらに一時間。目的の天神社下で降りて、ぼくとお姉さんは鬱蒼とした樹林に挟まれた山道を登る。まだ夏には早いというのに、すでにセミの鳴き声が響き、途中深い霧に遭遇し、道を見失いかけるも、やがてさっと晴れたのち、強い日差しに焼かれた肌を汗が伝う。

 ふーふー言いながら二人して坂を登り切り、見下ろした景色に感嘆の声を発した。

「おおー」

 眼下に広がる盆地には、街道の左右に趣のある木造建築が並ぶ宿場町。

 山肌を下ってくる涼しい風に背中を押されて、ぼくとお姉さんは軽い足取りで坂道を下る。どこかで鶯が綺麗な声で鳴いていた。

 道の左右に並ぶ木造建築は、どれも見事な日本家屋であり、ぴかぴかに磨かれた木材と宝石のように青く輝く屋根瓦は海のよう。白い漆喰の壁は目にも鮮やかな波頭だった。

 庭ではチャボが放し飼いにされ、収穫された大根が竹で作られた台で干されている。広い庭にはゴザが敷かれ、赤い小豆が並べられていた。あちこちで子供たちがキャッキャッと声をあげて走り回り、軒先に臼と杵が出されて餅がつかれていた。

 いい感じだ。活気のある田舎。ぼくとお姉さんは、街道を突っ切り、町の奥、左手の斜面にあるお寺を目指す。お墓はそこにあるからだ。でも、途中にある一軒の家のまえで、お姉さんは足を止めた。

 活気のある他の家に比して、その一軒だけは明らかに雰囲気がちがい、なにやら暗く沈んでいる。窓も戸も固く閉ざされ、耳を澄ますと奥からすすり泣くような嗚咽が漏れ聞こえてきている。そして……。

「なんだ、ありゃ」

 お姉さんは腰に手をあててのけ反るようにして、家の軒を見上げる。 

 そこには、巨大な白羽の矢が、深々と突き刺さっていた。

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