第24話 浮き身
そして、矢庭に石段を登りだした。すーっと一定の速度で、軽やかに石段を登り始める。まるで体重がないかのごとき軽い足取りで、足に力を入れた様子もなく二百段以上の石段をいっきに登り切ってしまった。
ぼくはお姉さんのスカートの中を覗かないよう、すぐ後をついていったのだが、陸上で鍛えているぼくですら、途中で足が痛くなり出したのに、お姉さんは何事もなく階段を登り切り、上に着いたときにはじめて大きくため息をついた。
「お姉さん、すごい脚が丈夫なんですね!」ぼくは息を切らせつつも、驚いて声をかける。
「別に脚が丈夫なわけじゃないよ。武術の浮き身ってのを使って上がったんだ。だけど、浮き身ったって、魔法じゃないから、やっぱこれだけ石段登ると、腿の筋肉が攣りそうになるね」と、息も乱さずに語り切って左右を見回す。「あそこかな」
質素な山門をくぐり、真新しい寺社の本殿を迂回して、裏の小径をのぼって少し高い場所にある墓地を目指す。例の落書きみたいな地図を取り出し、墓石の数を数えて、目当てのお墓を見つけると、御線香を取り出して火をつけた。
ぼくはぼくで、お参りする場所があるので、墓地の隅にある杉の木の根元を目指す。そこにある小さなお墓。石を積み上げただけの、質素なお墓の前でしゃがみこむと、手を合わせて祈りをささげた。
やがてお姉さんが動き出したので、慌ててもどり、ついて行く。
お姉さんは小径をもどってお寺の本殿の裏に回ると、小さい玄関についた呼び鈴を押した。しばらく待つと、作務衣に身を包んだつるっ禿げのおじさんが出てくる。どうやらこのお寺の和尚さんらしい。
お姉さんは一礼すると、持参した手紙を和尚さんに差し出した。ちょっと驚いた表情の和尚さんは手紙を読むと丁寧にそれを畳み、「どうぞ、こちらへ」とお姉さんを中に促した。
ぼくたちは奥に通され、日当たりのいい和室で待たされることしばし。
やがて戻ってきた和尚さんは、お盆に湯気の立つ抹茶碗と菓子皿をのせてもどってきた。
抹茶は苦くてぼくは飲めないので困ったなと思っていると、和尚さんは気を利かせてくれたみたいで、ぼくの分でコップの水を持ってきてくれていた。こっちの方が全然嬉しい。
「そうですか、杏さんの……」
和尚さんはちょっと懐かしそうにお姉さんの顔を見つめる。
「あれからもう二十二年になりますか。明日香ちゃんが東京からご両親と一緒に戻ってきて亡くなったのは。たしか一度杏さんもこちらに遊びに来ましたね。あのころはまだこの石段の下に村があって結構人も住んでいたんですが、その何年か前から若い娘がいる家に毎年、そうだなぁ、ちょうどこの時期か、白羽の矢が立つようになってね。ぼくはまだ子供だったから、よくは分からなかったんだけど、何でも、この上の天神社に娘を奉納しないと、村に大変な災いが降りかかるようになったそうで。畑が焼かれたり、家が流されたりね。いまじゃ考えられないけど、あのころは貧しい村だったから、みんな仕方なくね、宵の口に娘を一人天神社の本堂に置き去りにして、天神様に納めていたのだそうです。そうしないと、生きていけなかった。でも、あれから二十年以上経ち、やはり国が豊かになってきたのかな。そうまでしてこの土地に執着しようという村人もいなくなり、一人去り、二人去りして、二年前に川向うに住んでいたお年寄りが亡くなって、それですっかり村は消えてしまった。いまじゃ、道沿いに廃墟が並ぶだけでしたでしょ? まあ、この寺はもともと上の墓地と山の天神社を管理する目的で建立されたものだから、ちゃんと残ってますけど、檀家もなく、このぼくもずっとここにいる訳でもない。この季節はたまに墓参の方が遠くからいらっしゃるので、極力居るようにはしているんですけどね」
あれれ?とぼくは思った。
さっきぼくたちは、下の村を通ってきた。決して廃墟などではなく、それどころか活気のある村だったようだけど。そればかりじゃない。娘を生贄に差し出さなくてはならないというおじさんにも会った。村も天神社の妖怪も、健在だったようだけど。
ぼくが目線を送ると、ポンコツお姉さんは黙って抹茶をひと口、ずっと啜る。そうしておいて、ふっと上目遣いに和尚さんを見上げた。
「まだ、いるみたいですね。村の人も、天神社の妖怪どもも。どうやら、妖怪の結界に絡めとられたまま、あの村で生贄になったり殺されたりした人たちは成仏できず、いまもあの場所に縛り付けられて、天神社の妖怪に、魂の残滓となった今でも骨までしゃぶられているようです」
「なんと」
和尚さんは呻く様に喉を鳴らすと、唇を噛んで天井を見上げた。
「ご住職さま、突然ですが、今夜泊めてはいただけないでしょうか?」
「ええ、それは構いませんが……」
「今夜わたしが出向いていって、あの天神社の妖怪を成敗してまいります」
「ええっ」
和尚さんぎょっと目を剥く。
が、お姉さんはにっこり笑って、
「妖怪退治なら、任せてください。わたくし、そういうの、お手の物ですから」
小さくガッツポーズをとった。
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