第36話 葵ちゃん
翌朝。
士郎が駐輪場にママチャリを止めていると、歩いてくる葵ちゃんの姿をみつけた。
細い身体に、揺れる茶髪。立ち姿からして、目を引く美少女だ。あれが男というのが信じられない。たぶん、その辺の女子より、ずっと女性的魅力が高い。互角に渡り合えるのは、それこそあづち姫くらいではないだろうか。
しかも、制服がこれまた可愛らしい鬼百合女子だから、余計に悪目立ちする。
彼女の姿を目にした、可愛さ自慢の女子グループが、これみよがしにわざと耳打ちして、悪意のある笑い声をたてている。
男子は男子で、その可愛さに呆然となり、友達同士で「おい、おまえ、声かけてみろよ」とふざけ合っていた。
葵ちゃんの身体は男子。だが、心は女子。そして、その容姿は、並の女子より断然可愛い。ま、可愛かろうが可愛くなかろうが、男子が女子の制服着て登校してくれば、人目を引くのは当然だが。
士郎はわざと、普通の調子で近づいて、普通の調子であいさつした。
「おはよう、葵ちゃん」
顔を上げた葵ちゃんが、士郎のことをみとめて、ぱっと花が咲いたように笑う。
大きな瞳も、小づくりの鼻も、愛らしい唇も可愛いが、この子は笑顔が素敵だ。顔の造形が美しいということもあるのだが、心の底からほんとうに楽し気に笑うその表情が人の心を打つ。
「おはよう、赤穂くん」
元気よく手を振って、あけっぴろげな笑顔で士郎に会えたことを喜ぶ。いや、学校だから、普通に会うって。そんなに喜ばなくても。
「おう」
ちょっとどきどきしつつ、肩をならべて歩く。
しかし、可愛い。これで身体も女の子だったら、どんなに良かったか。そう思いつつ、たわいない会話を意識して話しかけた。
「葵ちゃん、通学は歩き?」
「はい。近いんで」
「あ、そうか。引っ越してきたんだっけ。前はどこにいたの?」
「鹿児島です」
「あ、九州って言ってたね。結構遠いよな」
「ええ、だからちょっと訛りあるでしょ」
「いや、気にならないけど」
「こっちに叔父さんが住んでて、そこに居候させてもらってます。だからいま、あたし叔父さんと二人暮らしなんですよ」
親戚とはいえ、男性と二人暮らしで危なくないのかな?と思って、士郎は、いやいやと心の中で首を振る。
彼女は男。身体は男と、自分に言い聞かせる。
「じゃあ、東京は初めてなんだ」
「そうなんです。もうドキドキしてます。原宿とか渋谷とか行って見たいんですけど、まだ機会がなくて」
「あ、じゃあ今度行ってみようよ」
思わず誘ってしまってから、どきどきする。
大丈夫。彼女は男。身体は男。
「はい。いきたいです」
ぱっと笑う葵ちゃん。人の笑顔ってこんなにも心を癒すものなのだろうか。士郎自身も嬉しくなってしまう。
「じゃあさ、今度の休みに」
「あの、せっかくだから、今日授業が終わってから、この近くでいいので、公園とか案内してれくませんか?」
喰いつくように言い切ったあとで、はっとなり、ちょっとだけうつむく葵ちゃん。でも、行きたい気持ちが強いらしく、上目遣いに士郎の様子をうかがって、「だめ、ですか?」と訊いてくる。
「あ、いや、……かまわない、けど」
葵ちゃんの愛らしい仕草に、思わずしどろもどろになる士郎。
「え? いいんですか? でも、部活とか、戦隊の活動とか、あるんじゃありません?」
「いや、そっちはだいじょうぶだよ」
慌てて手を振る。が、いま葵ちゃん、さらりと「戦隊の活動」っていったけど、受け入れてくれているのかな。
「やったー!」
きゃー、と万歳してとびあがる葵ちゃん。ものすごい元気な犬が、一週間ぶりに大好きな飼い主さんに会えた時みたいな感じで飛び上がった。士郎の返事をきくまで、凹んでいたくせに。
士郎はおもわず苦笑する。そんなに喜んでくれるなんて。
と、同時に彼は、別のところにも着目していた。
葵ちゃんが飛び上がった瞬間、彼の戦隊レッドとしての感性が「あれ?」と瞠目したのだ。
葵ちゃんの跳躍。動作のわりに、鋭く、高かった。
──体軸がしっかりしてるんだ。下手すれば、俺や黒田よりも。
実戦経験豊富な俺や黒田よりも……。
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