第37話 女子トーク?


 転校二日目にして、葵ちゃんはすっかり大江戸高校の有名人になっていた。

 まあ、超絶美少女であるし、じつは男であるし、話題にならない方がおかしい。しかも、制服が鬼百合女子。グレーのジャンパースカート、丈は超ミニ。裾から白い太ももが、けっこう危ないところまで露出している。ジャケットは腰上のショートで、めちゃくちゃウエスト部が締まっていて葵ちゃんのスタイルの良さを引き立てる。そして、大きな臙脂の蝶ネクタイ。

 目立つなという方が無理である。


 朝はくすくす笑う女子やにやにや笑う男子が多かった。

 が、昼休みからはきゃーきゃー騒ぐ下級生の女子と呆然と見つめる一年生の男子が、教室をのぞきに来ている。

 そう。男子が女子の格好をしているにもかかわらず、そのへんの女子よりも可愛い。それは一種、禁断の果実ともいうべきセックスアピールなのである。いけない、いけないと思うほど、危ない場所へ引き込まれる、魔性の天使の魅力。


 士郎はひとり、わかるわかると心の中でうなずく。そういえば、戦国武将の間では男色は嗜みのひとつであったと聞いたことがある。葵ちゃんの隣で一人無言で腕組みし、納得の表情で隣の席の美少女を盗み見る。

 そう。身体が男とか、そんなことどうでもいいのではないか? なんてことを考えていると、葵ちゃんと目が合った。

 その瞬間、ふんわり微笑む彼女。ああ、こんなに可愛いのなら、べつに男でもいいか。いや、男だからこそ、いいのかもしれない。


 だが、そんな二人の甘い蜜の時間に割り込んでくるお邪魔虫。

「ねえねえ、三津葉さん。三津葉さんは戦隊では何が好き? 世代的にやっぱ豪快戦隊カイゾクジャー付近?」

 この、まったく空気を読めない戦隊好き、水戸キナ子。

「ちょっと、水戸さん。男子がみんな戦隊好きとは限らないわ。転校生を転校二日目から変な世界に誘わないでちょうだい」

 一喝するのは、生徒会長・井出萌香。ちなみに井出ちゃんは、がんとして葵ちゃんを男子扱い。女子力で完敗していることなんて、まったく気にしない井出ちゃんである。


「いや、あたし特撮は……。あ、でも、カイゾクジャーは知ってます。山田勇気くん、かっこいいですよね」

「おおぅ」感動のまなざしでキナ子が葵ちゃんの手を握る。「ジョー・ブギケン! あの鋭い目がいいよね。彼は帝国兵士だったんですよ。にもかかわらず、自らの信念に従って帝国を裏切るんですよね。さすが三津葉さん、そこに目をつけるなんて。あなたは、あたしの同志です!」

 いやなんか、話が嚙み合ってない気がする。

「ちょっと水戸さん、三津葉くんが迷惑しているでしょ」

「三津葉さんは、特撮出身ではだれが一番好き?」

「あ、あたしはやっぱ、千葉雄台くんが好きです。可愛いし、演技もいいし」

「えー、あいつぅ? テンソウジャーのレッドですよね。あいつは第一話の初回の変身時に変身アイテムなくして、あたふたしてたじゃないですかー。あれはないわー。しかも映画版でも変身アイテムなくしてるし」

 いや、初回の変身時にツバ・チェンジャーなくして「嘘だー、ドンドコドーン」とか叫んでたの、おめーだよね、キナ子 ! 人の事いえねえだろ。

「三津葉くん、聞いちゃダメよ。このバカな話を。特撮番組は子供が観るものだからね。あたしたちは、高校生なのよ」

 井出ちゃんが警告するが、葵ちゃんはすっごく楽しそう。キナ子と井出ちゃんのバトルを、女子トークと勘違いしているのかもしれない。ま、女子トークにはちがいないが。



 やがて授業が始まる。

 鬼百合女子へ入学予定だった葵ちゃんは、教科によっては教科書がない。そのときは隣の席の士郎が、教科書を見せてやることになる。机をくっつけ、日本史の教科書を真ん中に開いてノートをとっていると。士郎の教科書に葵ちゃんが落書きを始める。


 ふにーと鳴いている猫の絵。

 士郎が黙認していると、つぎのページの同じ場所に、また鳴いている猫の絵を書き出して、さらにつぎのページにも。

「ちょ、人の教科書にパラパラ漫画を書かないでください」

 士郎が注意すると、ぷっと頬を膨らませて顔芸で抗議する葵ちゃん。それにしても顔、ちっちゃいな。見惚れてしまう士郎。


 放課後、士郎は葵とつれだって駅の方まで歩いた。とりあえず士郎いきつけのゲーセンを紹介する。


「まあ、放課後はだいたいここにいるから」

 建物を外から指さし、なかには入らない。陽介やドカッチたちに会うとうるさいから。

 そういえば、先週はここで妖怪と戦ったっけ。クイズ合戦もしたけど。


 そこから、すこし歩くと、ちいさな公園に出る。たしかここは、妖怪ぬりかべと戦った場所。まあ、その話を葵ちゃんにする必要はないか。

 が、どうせなら士郎が初めてブゲイジャーとして戦った保健所も見ておこうか。

 そんなことを考えたとき、キナ子からもらったメモを思い出す。


 士郎はポケットからちょっとくしゃっとしてしまった白い紙片を取り出した。

「なんですか?」

 葵ちゃんが興味津々で顔を近づけてくる。頬寄せるほどの距離。

「ああ、これ? なんかこの近くにドラマのロケ地で有名な場所があるらしいんだ」

 士郎はキナ子の書いた、分っかりにくい地図をひっくり返したり、もとにもどしたりして方向を合わせる。

「こっちみたいだ」

 二人して地図を見ながら、苦労してその場所に到達する。


「ん? ここか?」

 なんかただの坂道みたいな気がするが……。


 そこは、アスファルトの坂道で、緩くカーブしている。片側はコンクリの土手壁。反対側はガードレール。だが、ガードレールは、スチール製ではなく、コンクリートの分厚い欄干の形。視界をよくするためか、材料費を節約するためか、欄干には四角い穴が等間隔に開いている。

 士郎は坂道を下り、一番下からもう一度見上げる。


「ここ、有名な坂道なのか?」

 士郎のとなりで葵ちゃんも首を傾げている。

「さあ? あ、でも、なんか見たことあるような気もします」

「ほんとに?」


 よく見てみたが、士郎にはまったく記憶にない景色。ここ、本当に有名なロケ地なのかなぁ。まあ、キナ子のいうことだから、話半分に聞いておくか……。




<作者註>

 ここでキナ子が紹介している坂は、「大森坂」という場所です。

 じっさいには東映撮影所のなかにあるので、ふつうに行くことはできません。

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