第46話 さよなら、名護屋さん


 翌日の午後、学校帰りに通りかかると、公園のベンチに名護屋さんがいた。

「こんにちは、名護屋さん。きのうは大活躍だったね」

 桃李が声を掛けると、名護屋さんはすこし照れたようにわらって人差し指を唇に当てた。

「昨晩のことも、剣豪戦隊のこともナイショでござるよ」


「うん、わかった」桃李はうなずいて、名護屋さんの隣に腰かける。「それよりも、ありがとう。名護屋さんって、実は戦隊のピンクで、俺たちの団地を救ってくれたんだよね」


「うん、まあ、拙者は変装してこの団地にもぐりこみ、妖怪どもの企みを探っていたでござる。が、その妖怪も退治したので、今日で桃李殿とはお別れでござるな」

「え、もう会えないの?」

「拙者の任務は完了でござる」

「そうなんだ……」

 桃李は悲しそうにうつむいた。


「桃李殿はやはり戦隊は、嫌いでござるか?」

「ううん、そんなことないよ。ただ、名前に桃って入ってるからピンクだっていわれるのがいやだっただけで……」


「なるほど」

 名護屋さんはうなすぐと、しずかに語りだした。

「むかしの中国の偉い人に、司馬遷しばせんって人がいたでござる。その人は親友の武将の李広りこう将軍を評してこう言ったでござる。『桃李ものいわざれど、しもおのずから小道を成す』と。それは、桃や李はなにも言わなくても、その香りに誘われて人が通い、自然と道が出来るものだという意味でござる。ここでいう桃李の李がすなわち李広将軍であり、彼こそは無口ではあるが男の中の男でござった。だから、名前に桃が入っていても、恥ずかしいことはないでござる。桃李とは、そんな真のおとこ、真のさむらいを意味する名前でござる」


「へえ、そうなんだ。さすが名護屋さん。詳しいね」桃李は嬉しそうに笑った。

 そこへ、いつもの戦隊ごっこ好きの加藤と佐々木が駆けてくる。

「おー、池波。俺たちの戦隊に入れてやろうか? ちょうどピンク役がいなくて困ってんだよ」

「おー、入ってやるよ」

 桃李は大声で応じて、勢いよく立ち上がった。

「俺もおまえたちの戦隊に入れてくれ! だがな、ピンクはやらねえ。俺がやりたいのは、ブラックだ! なぜなら、ブラックがいちばん格好良いからな!」


 桃李の後ろで名護屋さんが軽くズッコケていたのだが、桃李は気づかなかった。

 彼はいまや、昨日の夜にみた、あの黒い戦士ブラックジュウベエの格好良さにすっかりハマってしまっていたからだ。


「俺はな、大きくなったらオーディションを受けて俳優になるんだ。そして、絶対に戦隊のブラックになってやる!」


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