第2話 それが武術
ひんやりとした朝の空気。いつもと違う太陽光の角度。
早朝の武道場の扉をがらがらと開いて、赤穂士郎は中に入った。
てっきり誰もいないかと思ったら、人がいる。
青く色の抜けた剣道着を着た、黒縁メガネの女子が、腰に異様に長い刀を差してこちらをびっくりした顔で見ていた。手には黄色い印籠フォン。
「赤穂くん……」水戸
「お、おう」士郎は照れ隠しに右手をあげて挨拶する。「おまえこそ、なにしてんだよ」
「朝練です」キナ子は印籠フォンをしまいながら答える。「他に練習する場所がないんで」
と腰に差した三尺三寸の大太刀の柄を叩いた。
日本刀の定寸、すなわち普通の長さは、刃渡り二尺三寸、つまり70センチだ。対して水戸キナ子のつかう大太刀の刃渡りは三尺三寸、一メートルある。当然そのぶん柄も長くて四十センチ。全長百四十センチの大太刀を身長百五十そこそこの小兵・水戸キナ子が抜き放つということは、自分の背丈と変わらない長刀を抜刀しているということだ。もうこれは、魔法に近い。
「おまえでもやっぱ練習するんだ」士郎は感心する。
「そりゃしますよ。あたしなんて、まだまだですから」
この前、妖怪三獣士のカマイタチに抜刀の勝負で負けたことを気にしているのかもしれない。
「で、赤穂くんも朝練ですか?」キナ子はおっさんみたいに顎で、ジャージ姿の士郎が手に持っている木刀を指す。
「うん、まあな」少し照れくさい。前回のアミキリとの斬り合いで、黒田が一段階成長したのを目の当たりにして、ちょっと焦った、とは口が裂けても言えなかった。
「でも、木刀の素振りなら、公園でいいじゃないですか」
「公園で木刀とか振ってると、怒られないの?」
「夜やると、通報されます。でも、朝やると、近所の人が挨拶してくれます。そういうもんです」
「そうなんだ」通報された経験あるのかよ、と思いつつ、士郎はキナ子が腰に差した大太刀を指す。「それ、ブゲイソードか?」
ブゲイソード、すなわちフゲイジャーの装備かとたずねている。それで練習しているのか?と。
「はい」キナ子はうなずく。「だって、こんな長い刀、練習用の居合刀で売ってないですから。まあ、売ってはいるんですが、紙のように軽いジュラルミンの刀で、あんなの何遍抜いたってなんの練習にもならないですよ。それにブゲイソードなら、印籠フォンの操作で亜空間に収納できるじゃないですか。持ち運ぶ手間がかからない」
「なーるほど!」士郎は手を打った。それはそーだ。わざわざ家から木刀なんか持ってくる必要は全くなかったのだ。印籠フォンでブゲイソードを亜空間から出せば良かったんだ。「そりゃいい手だ」
「でも、気をつけてください」キナ子は小さく肩をすくめる。「
切って縫ったことあるのかよ?と、おもわずキナ子の小さい手を確認してしまう。
「でも、びっくりしましたよ、急に人が来るから」キナ子は士郎から三歩離れると、腰を下ろして片膝をつく。「こんな長い刀振り回してるの見られたら、まずいですからね」
「たしかに、そうだな。それに銃刀法……」士郎が言いかけたとき、キナ子がすっと腰をあげ、同時に刃が走って大太刀が魔法のように抜き放たれた。士郎は口をつぐむ。
キナ子は納得いかないようで、何度か抜刀を繰り返し、ふと気づいて士郎の方を振り返った。
「じっと見ていられると、緊張します」
「あ、ごめん」士郎は頭を掻いた。「いや、そんな長い刀、よく軽々と抜けるなと思ってさ」
剣豪戦隊ブゲイジャーのレッドムサシである士郎も、戦闘時はブゲイソードを装備している。が、それは定寸の二尺三寸である。通常の長さの日本刀ですら、慣れない士郎には抜刀するのに苦労するのだ。身長百七十の士郎ですら、である。それをキナ子は、百五十そこそこの身長で、三尺三寸の大太刀を腰に差した鞘から一瞬にして魔法のように抜き放つ。目の前でなんど見ても、士郎にはそれが信じられない光景だったのだ。
「それが武術です」抜き身の大太刀を胸前で垂直に立てると、キナ子は手の中でかちゃりと刀身を回して刃を自分に向けた。「持ってみますか?」
「お、おう」
「え! こんなに重いの?」
「二キロありますからね」
キナ子から渡された大太刀は、刀として有り得ないくらい重かった。士郎はその重さにぎょっとする。いままでキナ子はこの刀を、まるで紙でも扱うみたいに軽々と抜き放っていたが、目で見たイメージと、実際の重量に差があり過ぎて、士郎は茫然とした。
「こんな重い刀、どうやったらあんなに軽々と振り回せるんだよ。いつもはまだしも、今はブゲイスーツのアシスト無しだろ。しかも、居合だから片手でじゃねえか」
「だから」キナ子は片眉を吊り上げて答えた。「それが、武術ですって」
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