第4話 師匠がいて弟子がいる


「居合は、一般的には室町時代の剣客林崎甚助はやしざきじんすけ重信が創始したといわれているわね」杏さんは楽し気な調子で話し出す。「立って戦うのを立ち合いというのに対して、座って戦うから居合である。もしくは、剣術と柔術のあいだに、それを繋ぐべき武術が必要だと説いて、甚助が創始したともいわれている。ジンスケの門下は多数あって、林崎流の流れとして、田宮流、一宮流、英信えいしん流、夢想神伝流、重信じゅうしん流などがあるわね」

「そんなにあるんですか?」士郎はびっくりする。

「流派っていうものは、かならず師匠がいて弟子がいるの。親がいて子供がいる。武術の技は、人の身体を通してしか伝わらないわ。だから、新陰流なら、陰流の愛洲移香あいすいこうから上泉信綱かみいずみのぶつな、彼がねん流、新当しんとう流を加えて新陰流を生み、門下の柳生石舟斎、疋田ひきた文五郎、丸目蔵人くらんどの系統へ。その彼らの伝から、それぞれ柳生新陰流、疋田陰流、タイしゃ流が生まれた。ちなみに、念流、神道しんとう流、陰流っていうのは、日本の剣術の三大潮流といわれていて、林崎流は神道流系に分類されるわね」

「なんか、生物の進化みたいですね」

「まったくもって、その通りね」杏さんは口元を緩める。「林崎流が三尺三寸の大太刀を使うのは、こけおどしのためじゃなくて、これには武術的な理由があるの。でも、時代の流れとともに鉄砲伝来や集団戦への移行があって、戦い方が変わり、武器が変わり、それにつれて武術も変わったため、ほとんどの流派では定寸の二尺三寸が使われるようになったみたいね。でも、二尺三寸を定寸とする新陰流や一刀流でも、古い型では大太刀をつかうものが伝わっているのよ。たたひとつ、ブゲイジャーとしての赤穂くんに覚えておいてもらいたいのは、大太刀は強いってこと。二尺三寸の刀でふつうに斬り合うと、たぶんいまの君の力ではまったく歯が立たないから注意しなさい」

「そうなんすか」士郎はちょっと驚いて、杏さんの顔を見下ろした。杏さんはキナ子と似て、──いや逆か、案外背が低い。


 杏さんはこのあとも、武術の話をえんえんと続け、朝練を士郎たちが終えて教室に向かっても、ついてきて話し続ける。

 やれ足は橦木足しゅもくあしで親指が立っていないとだめだとか、中心軸と回転軸を混同するなとか、太刀筋というのは切っていく角度ではないとか。

 いまの士郎にはちょっと難しい話ばかりだった。

 教室に着いても消えずにいて、やがて杏さんは士郎にこんなことを聞いた。

「赤穂くんは、なにを一番習いたいの? 居合? 小太刀? それとも薙刀?」

「ああ……」ちょうどいい機会だから、たずねて見ようかな?と思ったが、キナ子に聞かれたくないので、ちらりと彼女の方を見る。

 するとキナ子は気づいて勘違いしたらしく、「もう、お母さん、いつまで赤穂くんにつきまとうつもりよ」と小声で注意してきた。

 ちなみに教室の他の生徒には、杏さんの姿は見えていないらしい。

「赤穂くんの家とかに出現しないでよね」

「しっないわよ、そんなこと」杏さんはちょっと不機嫌になる。「オバケのQ太郎じゃないんだから」

 と口を尖らせて姿を消してしまった。案外精神年齢は低いのかもしれない。この調子では、娘の方が大人になってしまう日も遠からずか。



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