第5話 ヒトガタだな


 士郎が放課後、あづち姫に頼まれて提出物を生徒会室までもっていくと、副会長がいて、「あれ、会長が赤穂くんのこと探してましたよ」と言われた。

 で、ちょっとだけ校内を回って見たのだが、生徒会長の井出萌香こと井出ちゃんの姿は見えない。どうせ見つけても、また説教されそうなので、あまり気を入れて探さず、本日は古武道研究会の稽古もないので、そのまま帰ることにした。持ってきた木刀を袋に入れてベルトに差し、そのままママチャリで走り出し、「そうだ、たまにはゲーセンにでも顔出すか」と思って、外環沿いのセガ・ワールドへ向かった。敷地の半分を占める駐車場のすみに自転車をおき、木刀を担いでちょっとしたサムライ気分で入り口の自動ドアに向かう。

 が、ドアの前に男が立っていた。遠目で顔は分からないが、目が動かない独特の無表情で、瞬間的に士郎はそれが人間でないことに気づき、横っ飛びに地面に転がって車列の間に身を潜めた。そっと車のウインドごしに覗いて、気づかれていないことを確認する。

 大丈夫なようだ。ほっとしたところで、尻ポケットの印籠フォンが痛いほどに振動する。

「はい、こちら赤穂」

「赤穂か。おれだ、但馬守たじまのかみ。こちらで妖怪サーチャーに微弱な反応が出た。位置を連絡するから、確認してくれ」

「もしかして外環沿いのセガ・ワールドですか?」

「ああ、そうだ。近くにいるか?」

「います。入り口に、変な奴がいます。一見人間ですが、ありゃー妖怪三獣士のヌエが作ったヒトガタですね。人間じゃない」

「よし、注意しつつ待機してくれ。すぐに他の三人を向かわせる。他に変わったことは?」

「えっと……」士郎はガラスドアごしに、ゲームセンターの奥を覗き込む。いつもに比べてずいぶん暗い。照明が消され、ガラス窓になんらかの目張りがされているようだ。中に人の気配は全くない。二階の様子を外から窺おうとして目を上げた士郎は、「うおっ」と小さく叫んだ。

「どうした、赤穂?」

「但馬守、大変だ。ゲーセンの二階部分が、岩でできた砦みたいに作り変えられている。小さい窓があって、そこから見張りが顔をのぞかせているぞ」

「見張り? 人間か?」

「いやちがう」士郎は印籠フォンのカメラを起動して、ズームをかけた。「但馬守、見えますか?」

 窓から顔を出しているのは、上半身しか見えないが、なにやら黒い胴丸みたいなものを着込んで、頭に丸い陣笠をかぶったヒトガタだった。戦国時代の足軽みたいな恰好をしているが、笠の下から垂れて顔をおおう白い布には、梵字だか漢字だかで顔みたいなものが描かれているのみ。そしておそらくあの布の向こうに、人間で言うところの顔はないだろう。

「ヒトガタだな」但馬守も同意する。「変装不必要バージョンってところだろう。赤穂、そっちで人質の有無は確認できるか?」

「ここからじゃ、わかりません。が、この時間なら、いつも陽介と航平たちが中にいるはずなんで……」

「以前、土蜘蛛の人質になった子供たちかぁ。人質になるのが二度目なら、助けた後の説明が省けるな」

「呑気なこと言ってないでくださいよ」駐車場の向こうを、ロードタイプの自転車に乗った制服姿の男が走ってくる。特徴的な長い髪を後ろで縛ってちょんまげみたいにしている時代劇バカ。黒田武史だ。

「援軍がきました。突入します」

「黒田が到着したか」但馬守が緊張した声をあげる。「いま裏口に桃山と水戸が着いたらしい。前後からタイミングを合わせて突入せよ。人質がいるかもしれんから慎重にな。黒田、間に合うか?」

「まかせて下さい、但馬守」印籠フォンの通話機能ごしに黒田の声が響く。「士魂注入! 剣豪ぅ、チェーーンジ!」

 歩道を走ってくる自転車が、黒い旋風をまとう。黒田の身体を包んだ漆黒のつむじ風がふたつに割れたとき、中から黒いブゲイスーツに身を包み、腰に大小二刀を差した武芸者ヒーローが飛び出してきた。

 ブラックジュウベエ。黒田武史の変身した姿だ。そして、変身後、丁寧に壁に自転車を立てかけているのが、いかにも奴らしい。

「そのまま突入しないのかよっ!」士郎は車の影で突っ込みながら、ツバチェンジャーを取り出す。「士魂注入! 剣豪チェンジ!」

 音声スイッチを入れながら飛び出し、ヒトガタのいる入り口ドアへ向かって走り出した。

 士郎のブゲイスーツが亜空間から転送され、赤い炎とともに全身を覆う。

 さらに両腕に籠手アーマー、両脚に脛当アーマー、腰に強化角帯が巻きつき、大小のブゲイソードがそこに差し込まれる。最後に頭部がブゲイメットで覆われて、装着完了。ここまでわずか3マイクロ秒。

 あっという間に士郎のバイオデータを読み込んだブゲイスーツが彼の筋力を強烈にアシストし、人間離れしたスピードで加速させてくれる。

「面頬オン!」顔面をアーマーパーツが覆う。「バイザー・ロック!」

 士郎の身体が完全にレッドムサシにチェンジする。剣豪戦隊ブゲイジャーのレッド。レッドムサシだ!

 妖怪サーチ機能が働き、前方に立つ男がヒトガタであることを表示してくる。

 飛び込んでくるレッドムサシたちに気づいたヒトガタが、懐から拳銃を抜こうとするが、ヒトガタの動きよりも、ムサシの脇をジャンプして追い越してゆくブラックジュウベエの方が速い。切り裂くようなジュウベエの蹴りがヒトガタの拳銃を跳ね飛ばし、入れ違う様にクロスするラインで飛び込んだムサシの抜き放つ大刀の刃が、ヒトガタの身体を横に斬り裂いた。

 両断されたヒトガタは、割れた風船のように破裂し、後にはひらひらと舞う、人形型の紙きれ一枚。紙切れには何やら、のたくったような文字が書き込まれている。

 間違いない。ヌエのヒトガタだ。ということは、再びヌエが動き出しているのか。あるいは、作成したヒトガタだけを配下の妖怪に貸し与えているのか。

「行くぞ」扉の脇に身を隠すように立って、中を窺っていたブラックジュウベエが腰の大刀を抜き放つ。奴の大刀は銘刀ネームド風割かぜわり一文字』。

「おう」

 いまから心配していても仕方ない。もし妖怪三獣士のヌエが中にいるのなら、今度こそは剣を交えねばなるまい。そこに躊躇はない。レッドムサシは、薄暗い一階フロアへ、ブラックジュウベエに続いて入っていった。

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