第14話 このお姉ちゃんはどうするの?
蟹坊主は顔に張りつかせていたニヤニヤ笑いを消すと、左手を伸ばして着ていた法衣をゆっくりとまくり上げる。下から人間ではない、深い緑色の甲殻に覆われた妖怪の正体が現れる。
ギザギザと尖った刃のようなエッジをもつ、細かいトゲがリベットのように生えた外殻。顔は横に長い沢蟹。身体は刃と棘で覆われた甲冑武者。肩を覆う大袖のような甲殻。腰を守る草摺りのような甲殻。腕を覆う籠手、脛を覆う脛当も、すべて甲殻である。
ただ腹部だけが、蟹とおなじく蛇腹の蓋板になっていて、あそこだけは防御が弱そうだ。
蟹坊主が正体を現すのにあわせて、やつの背後に六体のヒトガタが立つ。ヒトガタはいずれも足軽風の胴丸を着用しており、陣笠の下の顔は垂れた布に描かれたもの。腰帯には荒い拵えの打ち刀を差している。
ブラックジュウベエが腰の風割一文字をゆっくりと抜き放つのに合わせて、ヒトガタどもが勢いよく抜刀する。士郎も腰の刀に手をかけたところで、横にすっと並んできたピンクガラシャがそっと「子供たちを」と告げてきた。
士郎はうなずき、対戦台の前で意識を失っている陽介たちの元へ駆け寄った。
しゃがみ込み、そっと揺すってみる。
「陽介、怪我はないか?」
陽介は朝寝坊して母親に起こされたみたいなリアクションで「うーん」と呻いて目を開けた。
「だいじょうぶか?」
ここがどこだかわからないという顔で起き上がる陽介は、周囲を見回して状況を理解したらしい。レッドムサシのメットを見上げて、「士郎!」と声を上げてくる。
「ここでは、レッドムサシだぜ」ちいさく親指を立ててみせる。どうやら心配はないらしい。
振り返ると、ブラックジュウベエに斬りかかるヒトガタたちを左右からガラシャとジンスケが挟撃し、軽い乱戦に移行している。蟹坊主はそれを黙って見ており、いまだ動く様子はなし。さらにフロアを見回し、他の敵、たとえばヌエなんかがいないことを確認したムサシは、となりに倒れている航平とドカッチを揺り起こし、「階段を降りて、外に脱出しろ」と伝える。
「でも」生意気にも陽介が異を唱える。「おれたちも戦うよ」と、言い出すかと思ったら、ちょっと意外なことを口走る。「このお姉ちゃんはどうするの?」
と倒れて寝ている井出ちゃんを指さした。
いっけね、忘れてた。そして陽介、大人になったなぁ。
が、たしかにどうしよう。ここで目覚められると、心も身体もおっきいお姉さんである井出ちゃんはちょっと厄介だ。
これから妖怪との戦闘が始まる。あの余裕しゃくしゃくの蟹坊主はかなり手強そうだ。ここで、士郎が離脱するわけにはいかない。いかないが……。
「ええい、くそっ」
レッドムサシは素早く駆け寄ると、倒れている井出ちゃんを抱え上げた。背中と膝裏に腕を回して、お姫様抱っこで持ち上げると、短い制服のスカートが思いっきり
「おまえら走れ」陽介たちに指示を出して、レッドムサシは自分も風のように走り出した。先頭を切って階段を飛び降り、そのまま夕闇迫る屋外に飛び出し、駐車してある車の影に井出ちゃんをそっと下ろしていると、陽介たち三人が追いついてくる。
「あとは頼むぞ」ムサシが言って駆け出すと、背中に陽介たちの声がとんでくる。
「任せておけ、ムサシ!」
「がんばれよ、ムサシ!」
「……おい、お姉ちゃん、起きそうだぞ。どうする?」
とにかくあっちは陽介たちに任せよう。ドカッチもいるから上手く誤魔化してくれる……といいな、相手は井出ちゃんなんだけど。
とにかく、急いでもどったつもりだったが、すでに六体のヒトガタはブゲイジャーの三人によって全滅させられており、ムサシが階段を登り切ったときには、すでにジュウベエが蟹坊主に一太刀浴びせるところだった。
一瞬、もう終わったかな?と思ったが、考えが甘かった。
ブラックジュウベエの風割一文字は、蟹坊主の厚い装甲に刃が入らず、跳ね返されてしまう。入れ違う様にピンクガラシャが前に出て、膝撃ちの姿勢でガラシャ・ガーランドをセミオートで三連射するが、グリーンの光弾は跳ね返され、跳弾となって暗い室内に緑色の光芒を走らせ、壁に穴を穿つのみ。
「かなり堅いわ」後ろに飛び退ってガラシャが警告を与える。「これじゃあ、マグナム・モードでも効くかどうか。とにかく、あの柔らかそうな腹部に攻撃を集中しましょう」
「みんな待たせた」レッドムサシは戦列に加わる。
それを見て、甲殻の妖怪は嬉しそうな声をあげる。
「やっと四人そろいましたか。では、そろそろわたくしの奥の手をば、披露いたしましょう」
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