第15話 奥の手を披露


 蟹坊主は眼窩に納まった目玉を嬉しそうに飛び出させると、背後に隠した右腕をゆっくりと出し始めた。

 緑色の甲殻に覆われた右腕は、肘のしたから急に太くなり、拳の部分は一抱えほどもある大鋏。そしてその鋏ががっちりと掴んでいるのは、さらに巨大な、甲殻から削り出したとおぼしき、大剣。


 さすが妖怪。やることが、面妖だ。身体の背後に、あきらかにその身の三倍はあろうかという巨大な武器を隠していた。

 鋏を守るハンドガードから先に伸びる刀身は、身幅が人の胴体ほどもあり、うねるような刃は、こまかいギザギザがあって蟹の鋏のよう。その刃渡り、実に二メートル以上。ジンスケの大太刀の二倍から三倍の長さがある。


「長っ」ジンスケが舌打ちする。「日光の祢々切ねねきり丸みたい」

「ほっほっほっ」蟹坊主は自慢げに一振りくれた大剣を胸前に構えた。「さあさあ、わが銘刀『阿鼻鋏鉗あびきょうかん丸』ならば、ブゲイジャーのみなさま、四人まとめて真っ二つにすることもできましょうぞ。さあさ、いざ、尋常に勝負、勝負」


 宣言するなり、蟹坊主はその場で豪快な横薙ぎを放ってきた。足を踏みかえ、床のタイルをがりっと引っ搔いて半回転。大剣『阿鼻鋏鉗丸』がフロアのゲーム筐体を巻き込んで大旋回する。ムサシたち四人は、思わず飛び退る。


 が、蟹坊主は哄笑も動きも止めずに、後方から大剣の縦斬りで振り返ってくる。長大な刃が今度は天井を切り裂いて、蛍光灯の破片とともに振り下ろされ、床まで斬り裂いた。

 あんな武器が相手じゃ、斬り合いにならない。士郎は唇を噛む。


 ガーランドを構えて距離をとるピンクガラシャが舌打ちした。

「あの大剣を身体の前に構えられると、右手のおっきな鋏でお腹が隠れて狙えないわ。どうするムサシ?」


 は? おれ? 一瞬そう思ったが、あづち姫に頼られるのも悪い気分じゃない。大して考えたわけじゃないが、アイディアを出す。

「オフェンスとディフェンスに分かれよう。おれとジンスケであの大剣を止める。ジュウベエとガラシャで攻撃だ」

「しかし、やつの甲殻はブゲイソードを通さないぞ」とジュウベエ。

「防具外れを狙いましょう」ふいにスイッチの入ったようなジンスケが、真剣な声をかける。「あたしたちのやっているのは、当てっこ競技の剣道じゃありません。古流武術です。かた稽古でやる、手首、脇の下、喉、膝、総まくりの真下からの斬り上げ。いつもの稽古通りで全部甲殻の継ぎ目の関節に入りますよ」ちょっと間をおいて、さらに低い声で続ける。「赤穂くん、あの横薙ぎ、なんとか止められませんか? あれを止めてくれたら、縦斬りをあたしが絶対止めますから」


 は? またおれ?と思ったが、状況はリアルタイムで動いている。突進しようとしている蟹坊主の機先を制して、士郎は前に飛びだした。他の三人もいっせいに動き出す。蟹坊主が、大剣『 阿鼻鋏鉗丸』を突き出し、士郎は反射的に自分のブゲイソードで相手の切っ先を上から押さえた。長い分、大剣の切っ先の力は弱い。テコの原理だ。


 案外あっさり止められたと安堵した瞬間。十字に絡み合った士郎のブゲイソードと蟹坊主の大剣がくるりとひっくり返った。蟹坊主が刃を返し、それに合わせて刃の上下がひっくり返ったのだ。


 は? まるで手品だ。こちらが上から押さえていたはずなのに、──刀と刀なら押さえられたはずなのに、相手が大剣だとあっさり返されるらしい。反射的に蟹坊主の突きを仰け反って躱した士郎は、相手が刃を引いて横薙ぎにくる足場を作ろうとしていることを瞬間的に察した。


 ゲーマーでなかったら、これは読めなかったかもしない。剣術をやってなかったら、身体が反応しなかったかもしれない。

 蟹坊主が大きなモーションで横に薙ぐために、切っ先を引き、足を踏みかえる動きに乗じて、士郎は『阿鼻鋏鉗丸』の刃に飛び込んで張り付き、肩ごしに垂らした刃を体側に密着させて、ガード体勢で敵刀を抑え込む。


 それとほぼ同時に、脇に飛び込んできた黒い影。ブラックジュウベエが大剣を掴む蟹坊主の手首に斬りつけた。


「ふうんっ!」

 妖怪が気張り、大剣『阿鼻鋏鉗丸』が力任せに真横に薙ぎ払われた。

 受け止めていたレッドムサシの身体が吹き飛ばされ、ついでに脇にいたブラックジュウベエも巻き込まれて、二人仲良く宙を飛び、フロアに並ぶゲーム機の列に突っ込んだ。


 無様に転がった士郎は、慌てて首を回して戦況確認。

 横薙ぎを放った蟹坊主は、手首から血を撒き散らしながら、天井を切り裂いて縦に斬りつける。その刃の下にイエロージンスケが鞘に納まった大太刀の長柄に手をかけながら飛び込んでゆく。


 抜刀でいくのか!? 

 いやちがう。抜刀の方が速いんだ!




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