第41話 早く起きて、早く逃げて
「う、うーん」
桃李が目覚めたとき、そこは自分のベッドではなかった。
あたりは真っ暗で、しめった土のにおいがした。動こうとしても身体がぴくりとも動かない。全身をキシキシいう何かできっちり縛られている。
「え? どこ?」
思わず声を出すと、すぐ横でだれかが応える。
「気がついたでござるか?」
深い闇にだんだん目が慣れてくる。
あたりは土の壁に囲まれた地下室のよう。見上げると天井はコンクリートで、土に汚れたパイプが走っている。あれはたぶん、団地の床下だ。
幼稚園の頃探検して、団地の床下にもぐったことがあるから、分かる。でも、団地の地下にこんな大きな地下室なんてあったろうか?
不思議に思いつつ、声の主を確認すると、それが名護屋さんだと気づく。
「だいじょうぶでござるか、桃李殿? 痛いところはないですかな?」
名護屋さんは優しい目でたずねてくる。名護屋さんも桃李と同じく、身体を糸で縛られている様子。
「うん。だいじょうぶ。ぼくたち、いったいどうなったの?」
「捕まったみたいでござる」
言われて周囲を見回すと、地面の上に何人もの人影がある。みんななにか白い糸の束みたいなもので縛られて身動きとれない様子。しかもみんな、死んだように動かない。まさか……。
「みんな眠らされておりますな。妖怪土蜘蛛の仕業でござるよ」
「妖怪? 土蜘蛛?」
「御意。いちおう拙者は催眠ガスに耐性のあるコロンをつけていたから無事でござるが、他の人は麻酔薬を使われたみたいに眠っておるようでござる。そのコロンのおかげで、桃李殿も目が覚めたのでござろう。他の方々も眠っているだけで命に別状ない様子。きっと、桃李殿のお母さまも無事でしょうから、ご安心召され」
名護屋さんは身体をゆすって動こうとするが、両腕ごと上半身を糸に縛れていて動けない様子。闇に慣れた目で見ると、脚にも糸が巻き付いている。
桃李自身も、脚と腕に糸が巻き付いているのだが、かろうじて右手が動く。きっと糸を吐きかけられた時に動いたから、糸の束が斜めにかかっているせいで腕が動くのだ。ただし、動くのは右腕だけ。
桃李がなんとか腕を伸ばすと、名護屋さんが嬉しそうな声をあげた。
「良かった。桃李殿、片手が自由でござるか」
「うん」
「後生でござる。拙者のお尻のポケットに、刀の鍔が入っており申す。それを取っていただけるか?」
「カタナのツバ?」名護屋さんはそういうの好きそうだから持っていても不思議じゃないけど、なんで今それが必要なんだろう。疑問に思いつつも、うなずく桃李。「うん、やってみるよ」
桃李は手を伸ばし、名護屋さんのお尻のポケットを探る。
「あの、お尻触っちゃうけど、いいの?」
「いまは特別許すでござる」
名護屋さんが腰を動かして、桃李の手が届きやすいようにお尻の位置を調節してくれる。
「あった。これかな?」
「落とさないように注意してくだされ」
桃李は名護屋さんのいっていた刀の鍔を取り出して、名護屋さんに見せた。
「おお、それそれ。それを拙者の手に握らせてくだされ」
縛られた状態で名護屋さんが手のひらを開いてこちらの見せてくる。
「うん」
桃李は手を伸ばし、名護屋さんの手のひらに鍔を乗せようとするが、少し届かない。
「もう少し、もう少し下でござる」
桃李は苦しい体勢で腕を伸ばし、なんとか名護屋さんの指を手探りでとらえる。
「慌てないで。確実に渡すでござる」
名護屋さんの手の位置も自分の手の位置も見えない。桃李は名護屋さんと指を絡め、その手のひらを探って、ゆっくりと刀の鍔を彼女の暖かい手の中に渡した。
「ふー」
「やったでござる」
名護屋さんが嬉しそうに顔をほころばせる。
そして、次の瞬間名護屋さんの表情が引き締まった。
「士魂注入!」高く響く声で叫ぶ。「剣豪チェンジ!」
カメラのフラッシュみたいな閃光が、名護屋さんの身体を包んだ。わっと桜の花びらが舞い散り、名護屋さんの身体のシルエットが変形する。強い光が去ったとき、そこにはヘルメットと戦闘スーツに身を包んだピンクの戦士がいた。
「えっ? 名護屋さん……これ」
驚いている桃李にひとつうなずくと、名護屋さんだったピンクの戦士は名乗る。
「あたしは剣豪戦隊ブゲイジャーのピンクガラシャよ。いま助けるから待っていて」
腰のベルトから抜いた小刀で、ピンクガラシャはズバスバッと白い糸を根こそぎ切り裂く。自分の手足を自由にすると、今度は桃李の身体に絡みついた糸を切り裂く。
だが、何かに気づいたように、そのピンクのマスクがふと天井を見上げる。
「気づかれたみたいね」
ガラシャの視線を追って天井を見上げた桃李の目に、暗闇で蠢く何十もの赤い瞳が映った。一匹や二匹じゃない。それこそ、何十匹という不気味な怪物が天井で蠢いていた。
「妖怪土蜘蛛よ。あいつらいつも、群れで巣をつくって人を捕らえるけど、今回はずいぶん数が多いわね」
ちょっと見ると、人間みたいな形をした化け物。ひょろ長い手足に、牙の生えた頭部。腕は六本。眼は六つ。一匹一匹が怪物である。その大群が、床と壁と天井を覆うようにざっざっざっと押し寄せてくる。その様はまるで怪物の津波のよう。
「桃李くん、これで捕まっている人たちの糸を切って逃がしてあげて。あたしはなんとか奴らを食い止めるから」
桃李に小刀を渡したピンクガラシャは、すっくと立つと「ガラシャ・ガーランド」と叫ぶ。その両手に閃光とともに出現した長いライフル銃が握られている。
それを構えて撃つのかと思ったら、ガラシャは「ナギナタ・モード!」と叫んで先端の銃剣を展開させ、いちばん手前の土蜘蛛に突きかかった。
土蜘蛛はガラシャの一撃で青い血を吹いて後退したが、死ぬわけじゃない。その間に他の土蜘蛛たちが左右から背後からわらわらと襲い掛かり、ガラシャは防戦一方でそいつらの攻撃をなんとか凌ぐ。
だめだ、ピンクガラシャが、名護屋さんがやられちゃう。呆然と立ち尽くす桃李に、襲い来る妖怪どもを斬りはらいながら、ピンクガラシャが檄を飛ばす。
「早く、みんなを助けて」
言われて慌てて、そばで眠っている人の身体に巻き付いた蜘蛛の糸を刀で切り払う。
ピンクガラシャにもらった刀で切ると、丈夫な蜘蛛の糸がサクサクっと切れる。だけど、糸を切っても眠っている人がすぐに起きるわけでもない。みんな寝ぼけたように、眼をこすったりあくびをしたりしている。
「早く起きて! 早く逃げて!」
そうしないとピンクガラシャがやられちゃう。桃李が必死に眠り続ける人質たちに声をかけるのだが、みんななかなか立ち上がって逃げ出してくれない。
「早くして。早くしないと、ほんとうにピンクガラシャがやられちゃう」
振り返ると、土蜘蛛たちの群れがガラシャの姿を飲み込もうとしている。
このままじゃあ、名護屋さんがやられちゃう!
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