第5話 皇子と公主

 天籟は実家に月鈴ユーリンが居ないと聞き、拗ねて気分転換に歩いていると、森の奥に入っていった。初めて来た場所なのにどこか懐かしい風景だと思う。薄暗い森から急にひらけた川にでた。川は穏やかに流れ、川の水面は太陽の光で乱反射する。


 後ろから捧日と禁軍兵士がついてくる。


「きれいな場所だな」


「実はこの澄川は、皇家の呪いだとト占うらないの話にあった、八百年前に燿国の皇子と隠国の公主が出会った場所とされています」

 捧日は説明する。

「そうか。ここだったとは――」 


 ……その夫婦の生き残りの子どもの子孫がオレだから、燿国の始皇帝の血筋である白銀の皇子、隠国の公主、どちらの血も流れている――なんて不思議だと思った。


 天籟は太陽の日差しをさえぎるように頭上に手をかざした。向こう岸には群生する虞美人草ぐびじんそうが咲いている。物思いにふけって川を眺めていた。


「ここに――。娟々えんえんさまも今度は連れて来ましょうか……」

 ポツリと捧日はいう。天籟は意外なことを口にすると思ったが、

「ああ……。娟々も忙しくしているからな。たまには休暇で来るよう手配しておけ」

「ええ、きっと喜ぶと思います」



「! 陛下、後ろに下がってください‼」

 急に緊張が走り、森の鳥たちが騒ぎはじめた。捧日は持っていた飛刀を茂みに向かって投げつけた。


 ガサガザと岩陰から音がする。

 すると不穏な空気を漂わせた怪しい男たちが大きな木々の間から数人出てきた。商人のようなラフな服装で、背中に背負っていた大きな荷を肩から下ろした。


「捧日、あの者たちは――? とても商人には見えないな……」

「陛下、すみません。本土からの刺客かもしれません」

「……」


 禁軍兵士も急いで天籟を護るように囲んで剣を構える。しかし間が悪く見晴らしの良い場所だった。敵に狙われやすいことこの上ない。


 誰が刺客を送ったのか――。出自が卑しいということで納得していない貴族、あるいは陛下を亡き者にすれば次期帝を狙った五代世家から送り込まれた者たちかもしれない。波国や紅家のことが落ち着いても、また同じように後宮では常に不満が燻っているのだ。


「……」


 大きな木に覆われ日中でも暗い森。風が吹き木々がざわめく。物陰に潜み、無言のまま、男たちはキリキリと弓を引く音がした。刹那、捧日は姿勢を低くして走り出し、指と指の間に手剣を挟み、刺客にシュッシュッと投げつける。手剣は腕に刺さったので弓を引くのをあきらめて地面に投げつけ剣を抜く。


「何奴だ⁉ 向かってくる者には容赦しないぞ!」

 捧日は叫び、剣を抜き男たちに刃を向ける。天籟も剣を構える。


 キンッ

 剣と剣が交わる。刺客は雇われた暗殺者だけあって簡単には倒せず、俊敏で体躯の良い捧日でさえも手こずる。おまけに口から毒矢を吹くので避けながら闘った。禁軍兵士は長い槍で大きく振り刺客を蹴散らす。


 刺客の一人が兵士と兵士の隙間をぬって飛び出し天籟に襲いかかる。片方の刀で兵士の槍を受け、短刀で天籟のお腹に突き刺そうとした。


 天籟は演舞のようにひらりとそれをかわし背後にまわって刺客の腰を蹴って兵士の前に突き出した。兵士は馬乗りになり捕らえるが最後に残った刺客は逃げて物陰に隠れてしまった。


「あと一人だな。出て来い‼」

 また木々の暗い物陰に隠れ、そこから天籟に向かって弓矢が次々と飛んできた。大きな荷を背負っていたので、おそらく矢がたくさん入っていたのだろう。次々と矢が放たれる。兵士が矢を叩き落としたが、次の矢が兵士に刺さり倒れ込む。

「このままでは……いかん。場所さえ分かれば……」

 捧日は天籟の前に立ち歯噛みする。


 ピュー

 何処からか指笛が聞こえると、青天の空から一直線に高速で落ちてくる小さな影が見えた。

「!」

 野生のハヤブサだ。


「うわぁぁぁ何だ? あっちに行け」

 刺客の叫ぶ声が聞こえた。空を旋回していたと思っていたハヤブサが笛の音に合わせるかのように刺客に襲いかかり、また空を舞って消えた。


「そうか、ハヤブサが襲った場所が刺客がいるところだぞ! 行け!」


 低木に隠れた刺客の場所を特定したので、禁軍兵士がすぐさま刺客を捕獲した。

「助かった……。でも誰が……?」

 口笛を吹いた方を見ると、向こう岸に人がいた。



 ……八百年前、この澄川で燿国の皇子と隠国の公主がこの川で出会い、恋に落ちたと――。捧日の話だと、澄川の向こう岸に立っていた公主に一目ぼれしたとか。


 


 向こう岸いる者が顔をあげた。


 ……月鈴ユーリンだった。

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