第21話 義兄弟の契り

 ――久しぶりの心地よい肌の温もり。そうだ、子どもの頃を思い出す。母の鼓動を聞きながら安心して寝たっけ……。


 パタパタッ。朝も明けきらぬ暁方、鶏鳴の声が遠くで聞こえると小窓から飛び立つ小鳥の羽音で月鈴ユーリンは目が覚めた。


「うーん。ひさびさ熟睡しちゃったなー。いけない飛龍フェイロンのお世話に早く行かなくっちゃ。って……え?」


 何かに包まれているが、動けないしよく見えない。思いきり手や足をバタバタさせ、ようやく頭を少し上げると、熊猫人形パンダのぬいぐるみは寝台から落っこちて、月鈴は天籟に抱きしめられていた。


(え……えええええっ!)


「……ん」

「ちょっと、天籟さま! ななな、こここ、これは反則です‼」

 寝起きなのにすでに美しい顔が目の前に。天籟の寝間着ガウンがはだけているので色気がだだ洩れ、月鈴の頬が林檎のように真っ赤になり、口がパクパクして魚のようだった。

「おー月鈴、おはよう」

 天籟は近距離なのに爽やかに挨拶をする。

「おはようございます、天籟さま。……じゃなくて、もう飛龍フェイロンを呼びますよ‼」

 林檎顔の月鈴は天籟をねめつけ飛び起きた。


「あら、月福晋ゆえふじん、お目覚めですか? そろそろ竜王殿にいきましょうか。お着替えご用意しておりますので、こちらにお願いします」

 詩夏シーシの声が御簾越しに聞こえる。すかさず天籟がいう。

「おっと、月鈴。大声をだすなよ。詩夏に気づかれるだろう? なんせオレたちはだからな。さあ、行け」

「くっ……」

 引きつった顔の月鈴を横目に天籟はニヤリと笑い楽しそうだった。



 ***



 月鈴ユーリンが竜王殿で鷹の世話をしに行くと、天籟は朝議に出ていた。捧日との朝稽古のあと、執務室に寄ってから月樹宮に帰ると第九皇子の汀州ていしゅうが来ていた。皇子同士の親密な交流は禁じられているので少し戸惑った。


「天籟兄上」


 汀州は丁寧に拱手した。汀州は亡くなった第七皇子の鴻洞殿下とは違い折檻に加わらず、聡明な皇子だと思っていた。

「やあ、汀州じゃないか」

「すばらしい妻を迎えられたようで、おめでとうございます。あとでお祝いの品を届けさせます」

「すまないな。ありがとう――」


「兄上にご報告いたします。陛下の命によりわたしは、来週にでも国に行く予定です」

「なに? 波国に、か」

「ええ、兄上、何か問題でも?」

「いや――。何のために行くのだ」

「はい。今や燿国より波国の景気がいいので、その視察にわたしが任命されました。そのあとは、隣国の国と長年いざこざがあるので、戦場に向かいます」

「!」


 戦場と聞いて天籟の顔色が変わった。国とは、解決の糸口が見つからず争いの絶えない紛争国。国とも隣国だが、鉄や油が採れる国なので他国に狙われてやすい。そのためここ数年、燿国と戦争状態が続いていた。


「それは――」

「ええ、わたしもいよいよ、皇子の運命から逃れられないようです」

「……そうか」


 次期帝以外、粛々と皇子は消される。異国の地での事実上の幽閉か、事実無根の罪人。長期遠征など、その後、燿国に帰還することなく一生を終える。


「兄上――。ここを去るわたしから最後のお願いしてもよろしいですか?」

「ああ。わたしにできることがあれば、申してくれ」


「兄弟の契りをかわしたいのです」


「兄弟の……契り――。何をいう。あれは血のつながりのない者同士の同友関係ではないか。オレたちは母は違えど兄弟だぞ」

「わたしたち皇子は生まれた時から回廊で会うくらいでほとんど交流もない、血のつながりはあれど関係は友以下じゃないですか!」

「確かにそうだが……」


「兄上、来儀兄上たちが、何もしていない天籟兄上に対しての折檻をわたしが心を痛めていないとお思いですか? いずれ粛清されるから情がうつらぬよう我関せずと努めてまいりましたが、遠征が決まった今、わたしは天籟兄上と仲良くしたかったです。ただの兄弟として――」

「汀州……」



 ***



 青白く今にも消えそうな細い月夜に、月樹宮の象徴である月桂樹の下で汀州ていしょうと盃を交わす。兄弟の契りの儀式だ。皇子同士の親密な交流は禁止されているので、内密に行われた。龍が描かれた酒杯を酌み交わす。


「わたしは天籟兄上のことを忘れません」

「オレもだ」

「それに、わたしは諦めてはいませんよ。必ずや国を鎮圧して、我が国に戻るつもりです。さすがに功労者を粛清しようとはなりませんからね」

 汀州はいたずらっぽく笑った。

「そうだな。汀州がいつ帰ってきてもいいように、役職を作っておこう」


 汀州を見送り部屋に戻る、月鈴は鷹の世話で月樹宮にいなかった。長椅子に腰を下ろすと娟々えんえんが水差しを置く。


 汀州の居場所を作るとして、だがオレは……何だ? 月樹宮を与えられ、呪いが解けたとしてオレは消されるのかもしれない。

 オレの亡き後、月鈴はどうなる? 月鈴の夢を叶えてあげたい。だが後宮の、妃や妻同士の争いに巻き込まないようするにはどうしたらいいのか……。天籟は立ち上がり小窓から外を眺める。


 闇夜にまぎれて雲がうごめいた。

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