第22話 暗転

 鷹が眠ったのを確認して小屋を出て見上げると、星が瞬いた。


「もうこんな時間。詩夏シーシ、上がっていいわよ」


 鷹小屋の扉を閉め、月鈴ユーリンは布で汗を拭った。

「はい。月福晋ゆえふじんも終わってください」

「詩夏、誰もいない二人の時は月鈴でいいわ。これは命令よ」

「でも……」

「はーい、はい! あとは僕やっておくよ。小龍シャオロンとも仲良くなりたいし、な」

 おもむろに手を挙げる。〈初夏の饗宴イベント〉は終わったのに後宮に居座る鷹見習いの浩宇ハオユーがいた。

「ちょっと、浩宇はなんで帰らないの? 後宮ここで働くとなったら、宦官ね。あんたの大事な逸物がちょんぎられるわよ」

「ひぃぃ! かんべんして! 後宮は刺激的で楽しいんだ。そのうち隠ノ領に戻るからさ~頼むから見逃してくれよ~」


「もう。しょうがないわね」

 詩夏と月鈴は浩宇にまかせて竜王殿をあとにした。

「では月鈴さま。あとで遅い夕餉をご用意いたします、天籟殿下とごゆっくりなさってください」

「いやー、でも別にあっちはもう食べ終わっているんじゃない?」

 手をひらひらさせながら否定する。

「仮にも皇子殿下をあっちって……。ふう。そうでしょうか。きっと天籟殿下は待っておられますよ」

「はぁ~なんで?」

「なんでって……。顔を見ればわかりますよ。何年、殿下に仕えていたと思っているのですか? 天籟殿下は捧日さま以外、他人を寄せつけず、孤独の中にいました。できることならわたくしがお慰めしたかった――。でも月鈴さまに出会われて、今まで見せたことない穏やかな表情をしていらっしゃいます」

「な……。そ、そんなこと……」


(いやいやいや、かりそめだしっ‼ でも……)


 朝の出来事を思い出し、急に恥ずかしくなって詩夏を直視できず視線をさまよわせた。詩夏は包み込むように微笑む。

「月鈴さまは、名前に「月」が入っているのに、まるで太陽のようです。いつまでも天籟殿下を照らしてくださいまし」

「……」

 月鈴は赤い顔を見せないように早足に回廊を歩き出した。



 ***



「月鈴、オレの顔になんかついているのか?」

「え?」

 円卓に座る天籟を凝視していたので声をかけられ、月鈴がびっくりして目を逸らしてうつむいた。

「べべべ別に」

「おい、顔が赤いぞ?」

「‼」


(ええっ。もう、詩夏が変なこと言い出すから意識しちゃうじゃない)

「どら」

 天籟はのぞきこむようにして月鈴の額に手をおいた。


(ひ、ひえぇぇぇぇ~)


「少し熱いかな」

「まあ、おほほ、お坊ちゃま、奥方にそれは失礼ですよ」

 娟々えんえんが夕餉の用意をしながらたしなめる。

「そ、そうよ」

「そうか? それは失礼した」

「……」




 湯浴みのあと月鈴はまた魅惑的な香りのする寝間着に着替えさせられていた。


「う~詩夏め。またしても薄着の寝間着だわ。くしゅん」


「おい、ホレ羽織れ、少し熱っぽかったし風邪でも引いているのだろう。今夜は一人でゆっくり寝るとよい。オレは執務室で朝方まで仕事がある」

「そう」

「それと、風邪が治ってからでいいが、ゴホンッ明日、話がある……」

「え?」

 手で口元をおさえ、言いにくそうにしている。

「なに?」

「何って、今言えばいいのか? 改まって言いたいことがある。その寝間着姿の君に話すのは――。勘違いされそうで、ちょっとな……」

 真っ直ぐ月鈴を見つめるので、調子が狂う。からかうようないつもの感じでもない。


「明日……」と言い残して、天籟は少し照れた表情で去っていった。


(ま、まさか告白とか⁉ そんなのあり得ない)

 月鈴、ブンブンとかぶりを振った。



 ***



 それは――朝議のはじまる前の出来事でした。



 天籟は捧日とともに朝方まで鳳凰宮の執務室で仕事をしてから長椅子で仮眠をとったあと、議事堂に向かおうと回廊を歩いていた。


「たっ大変だ! 一大事であります‼」


 議事堂の方から帝の臣下が走ってやって来たかと思ったら震えながら跪いた。皇族のみが許された回廊から来たのでただ事ではないと、緊張が走る。


「なんだ? 落ち着いて話せ」

「主上が、主上が……。弑逆しいぎゃくであります‼ 来儀皇太子殿下に手をかけられました」

 一瞬、何のことか分からなかった。


「……」

 考えるより先に体が動いていた。


 回廊を走り、議事堂に行くと、悲鳴とともに血まみれになった天子――であったはずの雲雕帝が横たわっていた。

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