第19話 雲雕帝


「主上、わたくし天籟は正式に月鈴ユーリンを正妻として迎えることをご報告いたします」



 儀式の宮殿〈瑠璃の間〉の頂には長年君臨する燿国の君主―雲雕うんちょう帝が玉座に鎮座する。天籟と月鈴は拝礼をしてうやうやしく跪いた。


「ほう、天籟も二十歳になり、妻を娶るか。どれ、これからは月福晋ゆえふじんとしよう。これで、子でもなせば呪いも解けるはずじゃ――。のう、翠蘭」


 帝が壇上の龍椅に座する、そのきざはしの下に、縦一列に四妃が並び、うしろに九妃、続いて側室が並ぶ。その一番最前列に翠蘭賢妃がいた。

「はい、さようでございます陛下。やはりあの卜占うらないはまことかと――。さすれば鴻洞殿下も間に合ったやも。……わたくし悔やまれてなりませんわ」

 よよよ、と悲しむように涙を見せる。


(……どう考えても毒殺なのに呪いのせいにするのか)

 天籟は翠蘭賢妃を胡乱な目で見る。


「翠蘭は心優しき妻だのう」

 帝の言葉に天籟の心がざわつく。第六皇子、来儀皇太子がもうすぐ次期帝として正式に決定すれば、その母、翠蘭賢妃も昇格して皇后となる。李黄りおう家出身ではない皇后は五十年ぶり、珍しかった。


「鴻洞のこともあり華燭の典(結婚式)については見送ることにする。だが、朕からお祝いとして、月樹げつじゅ宮を与えよう。そこに二人で住むがよい」

「ははー。ありがたき幸せにございます」


 ――来儀皇太子は昨年から東宮を与えられ、妃や側室にかこまれ生活している。もうすぐ皇太子と妃の子が誕生予定だ。今年の春頃に側室も数名迎えたので、同時期に生まれる予定である。もしもお世継ぎが誕生となれば、鳳凰宮に住む皇子たちは粛々と消されてゆく――。君主はただ一人、兄弟はいない。これは始皇帝のお言葉であり、天意だ。


 ただ、即位する前から皇子が亡くなるのは不可解だった。



 ***



 天籟は朝議のあと、毎朝、剣術の朝稽古をする。宦官の捧日は武術も剣術も長けていた。今日は捧日が槍で敵兵士の役、天籟は剣刀での実践形式だ。

「天籟さま、右、右、左、正面、いきます!」

「こい!」


 カッカッカッバン! 

 天籟は長い槍をかわし少しずつ前に出る。


「これでどうだ!」

 高速で槍を振り回す捧日を剣で足元を狙った。 

「遅いです! 槍の弱点は接近戦と狭い空間です。早く踏み込んで! 相手を追い込んでください」

「だから……やっている!」

 剣と槍が同時にぶつかり鈍く唸る。

「もっと早く!」

 俊敏で体躯のよい相手だとまともにぶつかると力の差で跳ね返される。

「くっそっ!」


 カラーン

 槍に剣が弾かれ、宙を舞った。

「今日はこのくらいにしておきましょう」


 汗を水で洗い流し執務室に入ると、娟々えんえんはお茶を用意していた。

「どうぞ」

「うむ。いただこうか」

「そういえば、お坊ちゃんの容疑は晴れましたよ」

「どういうことだ。オレは呪いの末裔を娶ったことで、少なくともすぐには粛清されない、か……」


 執務室の小窓から外を眺める。命が繋がれてホッとすると同時に疑問も――。しかし、なぜだろう。不気味な静けさだな――。


 捧日が前にでる。

「天籟さま、皇子を暗殺するものを特定していきましょう……。気になることといえば――」

「なんだ?」

「鴻洞皇子殿下の近くに落ちていたとされる例の花びらですが、柳家の網を使い、密かに花びらを回収すると、別の可能性が出てきました」

「ほう」

薬師くすしに調べさせたところ、〈浮光ふこうの雫〉という花だそうです。希少な花で入手困難です。その花の原産国は国です」

「よし――調査しよう」

「では、間者を波国に潜入させます」


 捧日は拱手して下がった。

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