第4話 神秘の池

「本当にありがとうございました」


 月鈴ユーリンの従弟である沐辰ムーチェンの友だちの子涵ズーハンは、母が病気で寝込んでいたので学校に行かず看病をしていた。そこで沐辰は食べ物や日用品をもって隣の山まで月鈴と一緒に届けに来たのだった。


 行儀のよい子涵ズーハンは月鈴たちに拱手した。

「母上も起き上がれるようになったので、来週から学校に通うことにします」

「よっしゃ。俺待っているからな‼」

 沐辰ムーチェンは満面の笑みがこぼれ飛び跳ねた。

「お礼と言ってはなんですが、今日は泊まっていってください。大したおもてなしはできせんが、明日、神秘の池をご案内します」

「やったー! なぁいいだろ? 月鈴。父に言っとくから」

「本当? じゃあお言葉に甘えようかな」


 夜は、一つの部屋に布団を敷いて寝ることになった。子涵ズーハンの母が、隠ノ領にまつわる話を子どもに読み聞かせるように語る。それを懐かしそうに聞き横になった。月鈴は両親が亡くなっているので、三人で暮らした川の字で寝たことを思い出し、安心して眠りについた。



 ***



 霧がかかった翌朝、森の奥深く。月鈴は起き、朝餉をとったあと、子涵ズーハンの案内で神秘の池を案内してもらった。龍神伝説もあり、観光用に舗装された石畳の道だったので、意外と簡単に到着した。


 「水の色が青い池ね」


 池の周辺は手つかず自然のままだ。月鈴と沐辰ムーチェンは感激して喜ぶ。朝早く来たので、木々の隙間からやわらかい光が青い池に差し込む。水が透き通っていて水の底まで見えた。時おり風が吹いてひだを走らせ水面みなもがゆれた。噴き出すように湧いた水が、水底の砂利を舞い上がらせる――。


「水がキレイね。飲めるのかしら」

「はい。ボクの家もこの水を引いているのです。美味しいですよ。この水を飲んで母は元気になったと思っています」

 子涵ズーハンは竹筒で池の水をすくって月鈴と沐辰ムーチェンに水を飲ませた。

「これすごく美味しい! 天籟さま、この池きっと気に入ると思うわ。心配なのが虫とか飛んでいたら嫌いそう」


 沐辰ムーチェンが興奮して叫ぶ。

「やばっ!!! 月鈴! 陛下がここにくるのか?」

「そうよ。案内してあげてね。護衛も引き連れてきたからこの場所は把握できたし、迷わず来れそうね。よかった」


子涵ズーハン!」


 子涵の家の方から女人の声がした。

「姉上、お久しぶりでございます」

 拱手して、喜んで家の方に走って行ったので、後から月鈴も家に向かった。


「ああ! かわいい子涵、いい子にしていた? 母のお見舞いにちょっと寄ったの。これ薬草、母に飲ませてあげてね」

「ありがとうございます。姉上はあの……自慢ばかりする鼻持ちならない諸侯の家に出入りしていましたよね。今、客人が――」

 弟の話をさえぎるように美玉が堰を切ったようにしゃべり出した。


「そうよ! それ! 聞いてー。昨日はなんと、陛下が来たらしいのよ~。生きた伝説の美貌の皇帝、素敵だったぁ~って、知り合いの侍女に聞いた……。でもさぁ諸侯の娘の豊かな胸を見てデレデレしていたって話よ。……あれ? 月鈴じゃん!」

美玉メイユーさん……」


 美玉は同じ学校の月鈴の一個上の先輩だ。

「月鈴、いやゆえ妃さま。陛下をほったらかしてどこ行っていたの? 陛下は妻がいなくて機嫌悪そうだった~。……って、これまた侍女に聞いたよ」


「……どうして陛下がもう隠ノ領に滞在しているのでしょうか? それより今の話は何でしょう説明していただけますか? 美玉さん」

 鷹より鋭い目で睨み、明らかに怒っている月鈴。

「え、えーとぉー……?」


 沐辰と子涵が手を繋いで怯えた。



 ***



 ……陰謀うごめく後宮で独り闘っていた天籟さま。


 あの下弦の月の日——。泣いているように見えた。そっと背中に触れ気がついたわたしの気持ち。


 だけど、その想いを気のせいだと振り払い、自分は隠ノ領の自然を取り戻したい目的があったから気持ちに蓋をした。その後、何がなんだかよくわかんないけど天籟さまも同じ気持ちだった。


 そうして妃になったけれどほとんど会えないし、結局、天籟さまの気持ちがわからなくなっちゃった。しかも、わたしの故郷で女遊び? もう信じられない‼


 けれど夫でありながら国を統べる国民の天子だ。―—娟々えんえんがいう。

『陛下のやさしさに甘んじることなく、相応しい人間になっていただきます』


 娟々さんから毎日、五十項目以上ある正妃の心得を習っている。


『良妻賢母』

『婦服なり』

『男は陽であり、女は陰』

『御戯れに目を瞑る』

『常に穏やかに接する』等々……。


 どれもできていないし、なのに詩夏シーシは侍女時代からすでに暗記していた。わたしは妃にふさわしくない。それどころか足を引っ張っている。身を引かないといけないのはわたしの方だった……。

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