第36話 運命の日

 ――後宮から離れた場所、暗闇の中に翠蘭賢妃はいた。


「わが国を混乱に陥らせた悪女め」


 宰相の叫び声、武官に頭を殴られ捕らえられてから意識が途切れ途切れ……。陽の当たらない、空気がよどんでカビ臭い。冷たい土で固められただけの地下牢屋に翠蘭賢妃は入れられた。服は鞭で打たれボロボロになって髪も乱れ体中傷だらけで座り込んでいる。


 ……あと少しで皇后になるはずだったのに。だから息子の暴走を誰が想像しただろうか。これは暁華の呪いなの? そうか憎いのね。わたしがあなたを殺したから。



 ***



 十七年前のあの日……。


暁華きょうか妃さまは始皇帝の血筋ですよ」


 ザラリとした声音の教祖さま。


 おかしいと思いつつも、その頃、気持ちが沈んで闇に落ちる寸前だった。わたしを寵愛していた雲雕帝は美しい暁華シャオホアに夢中になった。わたしの侍女だったのに――。幼い頃から一緒に暮らし、親族から「妓女の子」と虐げられた異母妹の暁華。


 わたしは幼い頃、虐げられていた暁華を憐れに思い他の妹と同じ様に可愛がった。そうすると皆に尊敬されたから。

 暁華は見た目の美しさではなく心が綺麗だった。それを見抜いた陛下。悔しい。妃嬪が数多いるのになぜ暁華なの? 皇后になろうとしているなんて……。下に見ていた妹が正統な皇の血筋だったとは、わたしの遥か上を行こうとする。しかも白銀の髪を持つ天籟皇子が帝候補になろうとしていた。陛下のお心だけでなく、紅家さえも、何もかも手に入れようとしている――。


(許せない、許せない、許せない……‼)



「この花茶に毒を染み込ませました――。そうすればあなたの憂いが取り除かれますよ……」

 ザラリとした声音。何度も相談に乗ってくださった心の拠り所、教祖さまはいう。



 花が咲き乱れ、葉っぱが青々としていた。


阿妹アーメイ、異国の商人から花茶をいただいたの、茉莉花茶なんですって。一緒にいただきましょう」

翠蘭娘娘すいらんにゃんにゃん。ありがとう。うれしい……」

「二人の時は阿姐アージェでいいのよ」


 十七年前のお茶会の日、仲直りを装い暁華に近づいた。涙を流しながら喜び、なんの疑いもせず、花茶に口を付けた。


 いなくなってから気がついた、わたしは独りぼっちになってしまった。



 ***



 雲雕帝が弑逆されたと波国が発表したことで、帝都である花陽の街の人々や燿国の民が動揺している。今まで紫微星城の内幕が外に漏れることはほとんどなかったからだ。


 そこで波国の要人は、民衆に、いかに来儀皇太子殿下と翠蘭賢妃がひどいか、悪事を働いたかでっち上げた。波国の海波王が訪問日に処刑予定だが、その場に民衆も招待することになっていた。公開処刑をするのは波国式だ。



 ***



 二千年も燿国は他国に攻められることなく大国となった。金色の瑠璃瓦に豪華絢爛な宮が妃嬪のために建ち並ぶ。後宮の方には民衆を入れられないので、儀式を行う拝殿の広場で民衆を入れることにした。


 民衆は初めてのことに興奮している。公開処刑見たさに遠方から来た村人もいて城門前は大行列になっていた。


「いつも処刑場は城外なんだけどなぁ。今回はなんで城の中に入れてくれたんだろうな」

 民衆の一人が言う。

「見せしめか? 城は神聖だから血は穢れるんじゃないのか?」

「取り仕切っているのは波国の者だって話だぜ」

 燿国の民は波国の行動に少し疑問を持ち戸惑っていた。


 処刑時刻は夕刻と決まっていた。日が沈むとともに命が消え、暁の朝、新たな魂がこの国に宿る。それが燿国のいにしえから続く風儀だった。


 いつもは関所があって庶民は入れないが今日だけは開放されていた。大きい門をくぐると広場に出る、その先が儀式を執り行う拝殿が見えた。黄金色の瑠璃瓦、朱色の壁面、内部は黄金の装飾だった。城内の城壁には九龍が描かれている。


 拝殿の中央階段は漢白玉かんぱくぎょくで作られた御路に雲龍が彫られている。御路の両脇に皇族専用の階段があり一段、一段に松明たいまつが置かれ、夜の帳が下りてくると闇に包まれるというのに拝殿は明るかった。


 大きな階段から民衆を見下ろす国の鎧の騎士団が一列に並んでいた。鎧と甲冑で武装して剣をもつ集団は微動だしない、不気味で空気が一変した。


 薄暮れて藍色の夕闇が迫る頃、処刑時刻を知らせる太鼓の音が広場に鳴り響く。


 やがて波国の海波王が拝殿から堂々と登場する。

「我は亡き雲雕帝と兄弟の契りを交わした、波国の海波王である!」

 低い威圧的な声で、背も高く恰幅も良いので圧倒的な凄みをみせる。民衆は静まり返った。その横から廃太子の瀏亮殿下が登場する。


「こ、この度はぁ~、隣国でありながら~皇殺しで燿国の混乱を鎮めていただき、か、感謝いたしま、す……。それから~僕の伯父でもある海波王に助けていただきました」

「うむ。まだ瀏亮殿下は慣れておられないので、代わりにこのわたしの国の者が政治介入していきます。さて、国に危機をもたらした悪神に魂を売ったのは来儀殿下と、翠蘭賢妃であります。ここに連れて来るのだ!」


 武官に抱えられながら二人はやってきた。わざと豪華で派手派手しい衣装を纏わせ民衆に反感を買わせよう演出した。顔を民衆の前にさらし柱に括りつけられた。

 その後、五大世家当主のうち四人、娟々えんえんたちも後ろに立たせ海波王が吐き捨てるように叫ぶ。


「長年、庶民をないがしろにして甘い汁を吸い続け領土を固持した。五大世家の当主たちも退陣要求する!」


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