第37話 天子降臨

「長年、燿国の五代世家は甘い汁を吸い続け領土を固持した。退陣するのだ。そして民衆に土地を開放するのだ!」


 海波王は燿国の体制を糾弾して、広場に集まった民衆もちらほら賛同する。


「そうだ! そうだ!」

「うちの村も諸侯の税金の取り立てが酷いんだ」

「いいぞー波国の海波王よ! あなたこそ主上になってください」


 燿国の民に紛れ、波国の間者が民衆を煽る。小さな不満が漏れ、一人が堰を切ったように叫ぶと、また一人叫ぶ。やがてその声は城内の広場で一体感となった。


「悪しき妃と皇子! 早く処刑しろ!」

「領主も土地を開放しろ!」

「領主も処刑しろ!」


 どんどん、声は大きくなり過激な言動が増え興奮状態になった。民衆の気持ちが高揚したとき、絶妙なタイミングでドォンと太鼓が鳴る。


 処刑の合図だ。

 武官が剣を構え、柱に縛り付けられた二人はうな垂れている。領主の見ている目の前で斬首したのち、さらし首にされようとしていた。


「お待ちください‼」

 民衆の中から通る声がする。黄色い牡丹の柄の外套を羽織る。その声は李黄家当主である娟々えんえんの娘の明々めいめいだった。


「誰だ、お前は――?」


 海波王は無視しようとしたが、高貴な服装で庶民に混じり目立っていたので仕方なく尋ねる。


「到着が遅くなり申し訳ございません。わたしは李黄家の当主代理の明々と申します」

「ほう――。何の用だ?」

「この騒動は、まぎれもなくでっち上げです。本当の目的は別にあるのかと」

「なんだと?」

「まず、国を混乱に陥らせたのは、の教祖です!」

「まさか、そんなはずはない! この二人の悪政によるものだ!」

 海波王は言い返すが民衆の声にかき消された。


 明々は広場側にいて、民衆に聞こえるように真心華教を強調する。するとは一人が叫ぶ。

「……そういえば、うちの母ちゃんも、その宗教に田畑をとられて一文無しになったんだ」


「あの真心華教って皇族御用達をいいことにうちの村ではやりたい放題だった」

「李黄家領主は意外と民にやさしいぞ」

 高貴な面立ちの明々を前にして賛同する民衆。


「教祖をここへ」

 明々がサッと手を挙げる。文官が真心華教の教祖を縛り上げたまま連れてきた。そうして教祖の顔を上げさせた。

「この教祖はの間者ですね?」

 大きな声で強調して国の陰謀と言わんばかりだ。


「……やっぱり他国がわが国に口出しするのはおかしいぞ」

「そうだ! そうだ!」

「波国は信用ならん」

 もともと、波国に対してあまりよい印象を持っていなかった民。風向きが変わり、群衆がうごめき騒ぎ始める。


「言いがかりをつけおって! あの不届き者を捕らえよ!」


 明々の会話を遮ろうと海波王が自国の鎧の騎士団に指示する。騎士団は固い鎧を被って表情が見えない。ガチャガチャと音をさせながら両端の階段から規則正しく歩き、血も凍るような不気味な集団が降りてくる。


「今だ!!」


 最後尾の鎧の騎士団が階段を降り切ったところで捧日は合図をだす。民の服装をした武官や文官、そして山の民が民衆に「下がれ」と指示して、明々を隠した。


「あばれてやるぜっ!」


 雲嵐うんらんのかけ声で、村人のふりして広場に集まった山の民が鎧の騎士団に弓矢を向ける。普通の矢では鎧に適わないので火のついた矢を放った。体は甲冑で貫けない、なるべく足を狙えと捧日が指示していたので、雲嵐たちは足を狙った。足は矢が当たりづらいので弓の名手を前線に揃え、見事命中して鎧の騎士団は指揮が乱れた。


「いかん! 戻ってくるのだ」

 海波王が叫ぶ。しかし鎧の騎士団は階段から広場に降りてしまっている。いつもは石畳の地面に置かれていないはずの茣蓙ござに火が飛び、煙で辺りが見えなくなった。さらに群衆も混乱して動き回り身動きがとれない。海波王の近くには騎士が数人しかいない。そこへ禁軍兵士が海波王の周りを囲んだ。

「なんだお前らは⁉」


「お静かに――。海波王よ」


 拝殿の奥から声がした。茣蓙の火は消え、煙は風に巻き上げられ空高くかなたへ、そこに人の影が映る。民衆が目を凝らして見ると、天界人の如く白銀の絹に龍の刺繍、金色に輝く衣裳を纏い、男とも女ともつかない神秘的な姿が現れた。


「……!」

 サラサラに揺れる黒く長い垂髪の美丈夫。黒曜石の瞳。身体から発する彩光オーラに皆は目が離せない。


 海波王は驚き言葉を失った。

「あなたは……」


「我が名は天籟、この国を統べる天子である」

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