第11話 魂抜けの儀式

 浩宇ハオユーが戻ってきたので、意識を動物に飛ばす秘術の準備のため、用意しておいた桐箱の中から数珠をとりだした。


「では、始めます」

「うむ。意識が飛んでいる間は、月鈴ユーリンの体の意識はどうなるのだ?」

 天籟てんらいが不安そうに聞く。

「もちろん、眠って意識ないです。だから僕が見張っているんだ」

「よし……。わかった」


「お待たせしました! 僕はいい場所を見つけたので、月鈴を隠す準備しておきましたよ」

 浩宇は森の奥の大きな霊木の下に案内して、小さな天幕を建てたのを得意気に見せた。

「ここならいいね!」

 月鈴がさっそく一人で中に入って、天幕の中心に亡国・隠国文字の陣を描き、その真ん中に座って胡坐を組んだ。小さい天幕の中は真っ暗で、天井には宇宙を思わせる象形文字が書いてある。


「行きます」


 月鈴の瞳が金目に変わる。


 ――金目になる隠ノ家の子孫は師匠とわたしだけ――。


 隠ノ家に金目の子供が生まれなければ魂抜けはできないので、一人っ子のわたしが結婚しなければ、終わるのだろう。


 陰ノ領の海岸で採った翡翠ひすいで作った勾玉の数珠を握りしめる。全神経を集中させ、意識を天に向けた――魂抜けの儀式。長い時間、生き物の意識を乗っ取ると戻れなくなることもあると聞いた。なるべく短い時間を心掛ける。

 意識を深く、深く、外へ、外へとむける。ゆびさきからつま先まで大地や空や風、宙を感じる。わたしは何者でもない。


 わたしはくうきになりすがたかたちがとけてすきとおる……。


 ヒュッ

 刹那、上空に意識が飛んだ。体は透きとおっていた。

(どうやら魂抜けが成功したみたい)

 空から下を眺める景色は何もかも小さくて見えて不思議な光景だが、心もとない。

 さて、上空から〈夕陽の森〉を見下ろし小鳥をさがすか……。


 チュンチュン

(スズメは草むらの芽をついばんでいるわね……。申し訳ないけど、あなたの体を借りるね。えいっ)


 月鈴はスズメの意識に入り込む。するとスズメはやわらかい草むらの上でぽてっと倒れた。

(よっしゃ‼)


 スズメの意識を乗っ取り、草木にぶつかりそうになりながら、慣れないスズメ目線の視界の中、羽を広げバタバタと落ちないように、懸命に低空飛行で飛ぶ。すると低木に隠れて休んでいたキジを発見した。


(この位置ならさっきいた場所に一番近いわ……さて、もうひと仕事終えたら自分の体に戻ろう……)


 月鈴は宮に向かって飛び立った。



 ***



 葉っぱにいた虫をつまんで置いてから、スズメの体から意識を手放す。

 呪文を唱える。天幕の方へ戻ろう……。自分の体へ帰ろう……。


 パチッ

 目を開けると真っ暗、意識が戻ると月鈴は天幕から出てきた。

「月鈴……意識が戻ったみたいだね」

 浩宇ハオユーはホッとして、月鈴にお茶を飲ませる。


「さてと、時間がないわ」

 月鈴は立ち上がりお茶に一口つけただけで浩宇に茶杯ゆのみを返して、さっそく飛龍フェイロンを手にすえて歩き出した。天籟たちも慌てて後を追う。

 音を立てず静かにキジのいるポイント近づく。天燿と捧日ほうじつのほうに振りむき、


「先ほどは秘術をお見せしましたが、ここからは通常の鷹狩りをしますね。でも、これは隠国いんこく王朝から続く伝統の狩り手法でございます」

「ほう、燿国の狩りとは違うのか?」

「はい」


 チラッと見ると、キジが空に飛び立とうとしていた。


(……よし!)


飛龍フェイロン!  羽合あわせするよ」

 緊張が走る、蒼鷹の飛龍フェイロンが獲物を捉えたとき、皮手袋に乗る爪に力をこめる、狩る臨戦態勢になった。飛び立つ瞬間に月鈴は風を読み絶妙なタイミングで腕を振り鷹を送り出す。

 鷹使いは、鷹の助走を手助けする伝統手法――これが羽合せだ。


「いけーーーーっ!!」


 ビュン

 風を切る。一瞬で飛龍フェイロンは曇天の空に舞う。蒼鷹は波状の白いお腹なので、雲に溶け込み視界から消える。


 ガシュッ

「キィィィ」

「よし。獲った」

 鋭い爪で獲物を捕らえ、空から地面に着陸した蒼鷹に向かって月鈴は駆け寄る。

飛龍フェイロン! よくやった」

「キキッ」

 月鈴は腰につけている巾着からとりだし、ご褒美の肉をあたえる。


「はぁはぁ、月鈴、もう飛龍フェイロンはキジを獲ったのか?」

 あとから追いついた天籟は遠巻きに声をかける。

「はい、見ますか?」

 月鈴はキジの首を握り、ひょいっと持ち上げた。


「うわー月鈴~~オレに見せるな~!」

 天燿はそっぽ向いて扇子で顔を覆った。


「天籟さまだって宮廷料理でキジ鍋を美味しくいただいているくせに……。主上は鷹狩りがお好きなのに、天燿さまは嫌いなんですね」

「ああっ嫌いだ! 遊びで狩りなんて鳥が可哀そうだ」

「……」

「なんだ?」

「いえ―……」


(天燿さまって、動物が嫌いじゃなくて、優しいお方だな。初対面で頬を叩いた時も、絶対に死罪だと思ったのに、こうしてわたし生きている)


 月鈴はあらためて夜伽のお相手が天籟さまでよかったと思った。

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