月夜の佩玉の章

第1話 隠ノ領の翡翠

 天籟が即位してすぐのお話です。桜の木の下で天籟が告白して月鈴が応え、桜が散り、初夏になりました。


 鷹使いだった宮女を雲帝が見初め、正妃になったと、燿国の帝都、花陽の街で話題になりました。


 上級貴族出身でない田舎から出てきた宮女から妃という奇跡的な物語シンデレラストーリーに親近感が湧き、無事、民の支持を得て、正妃になったゆえ妃。

 しかし……。



 ***



「はぁ~。いったい、いつになったら月鈴ユーリンのいる城に戻れるんだ?」


 馬車にゆられ憂鬱そうな顔で天籟はぼやく。どこまでも平坦な風景が続く一本道、広大な平原を恨めしそうに見つめていた。


 天籟は帝に即位して、各国の王族や貴族たちに顔を売るため地方訪問をしていた。中世的で神秘的な顔立ちのせいか、おおむね外交は上々だった。横にいた宦官の捧日は淡々と答える。


「そうですね、あと三年でしょうか」

「オイオイ、三年も月鈴に会えないのかよ~勘弁してくれ」

「仕方ないでしょう。妃でも月妃さまは鷹使いのなのですから。一緒についていくわけにはいきません」

「そうだった……」

 ガクッと肩を落とす。


「即位してからずっと働き詰めですからね、禁軍兵士も休ませたいし……。では、ちょうど今向かっている華南省が離島の隠ノ領に近いので、月妃さまをそこに呼び寄せましょう。すこし遅い休暇なんていかがですか?」

「よっし、捧日にまかせた」



 ***



 まだ涼しい初夏。紫微星城の池の蓮の花が咲く。


「隠ノ領に里帰りですか? いいですよ。鷹たちは浩宇ハオユーにお世話を頼もうかな」


 正妃になったにもかかわらず仕事は鷹使いだ。竜王殿で鷹小屋にいた月鈴は桂璋けいしょうから報告を受け返事をした。四月の桜の季節に会って以来、天籟に会っていなかった。


(久しぶりに里帰りして、天籟さまに隠ノ領を案内しなくちゃ)


 月鈴は、はりきって案内する場所を計画した。

「今はいないけど精霊の森、神秘の池。常世の川から流れてくる翡翠の川。あとは、天籟さまはキジ鍋、猪肉や川魚はすきかしら? 隠ノ領って特に何もないし、気に入ってくれるかな……」


(それに天籟さまに会えるのが嬉しいな。会ったら会ったで、ケンカになるけど)


 浩宇に飛龍フェイロンたちを任せ、隠ノ領に向かった。船で隠ノ領の港に着く。

「むふふ。少し早めに帰って、案内する場所を下見しに行こう」



 ***



 同じ頃、天籟一行は華南省での仕事を終え、船で隠ノ領に向かっていた。

「そういえば、捧日は柳家に戻ったのか?」

「はい。お蔭様で国の功労者として戻れました」


「そういや、捧日は妻の静麗ジンリーに会えているか?」


 宦官は去勢した後宮に働く官吏のことだが、捧日は上級貴族であるため去勢は免れた特別宦官だった。


「いえ、静麗は――……。有事の際に離縁したのですが、元々、家同士の婚姻だったので、静麗は紫家に戻り、今は幼馴染と仲良くしていると聞きました」


「捧日はそれでいいのか?」

「はい。これはお互いのためです。静麗は寂しがり屋でしたからこれでいいのです。それに、ときどき息子にも会えますから」

「……」

 捧日はすっきりとした表情だったので、天籟は何も言わなかった。



 ***



「一足早く着いたな! さっそく川に行こうか」

 川に向かおうとする天籟に捧日が不思議そうに尋ねる。

「早く着いたなら、なんで月妃さまを迎えに行かないのですか?」


「その前に月鈴とお揃いの佩玉はいぎょくを作りたい」

「ああ……。それはいいですね」


 隠ノ領には異界の常世の川から流れてくるとされる川があり、翡翠が採れる。以前、山の民と暮らしたこともあり、雲嵐うんらんが器用に何でも小刀で作っていたのを思い出し、佩玉を自分で作ってみたくなったのだ。


 正妃になった時に海商人が勧める皇族御用達の装飾品の中で金が散りばめられ豪華なかんざしを贈るも、「この匠の技すごい」としか言わなかった……。そもそも着飾ることに興味なさそうだ。


「でも佩玉の作り方が分からないな……」

 天籟は髪をクシャっとする。詩や水墨画は師に褒められるが、装飾品を作ったことはない。捧日は考え込むと思い出したように言った。

「そういえば、地方官の親戚に確か隠ノ領に佩び物や装飾品の職人がいましたよ。場所は――海岸に近い場所に住んでいると思います」


「じゃあ、紹介してくれ」

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