第4話 毒と呪詛

 その夜の月は満月で明るく、青白い月光りが紫微星城の瑠璃瓦を照らしていた。月が天上に座す頃、慌ただしく動き出した――。暗闇の中で武官が走っているのをが捕まえて問いただす。


「そこの者、今、何があった?」

「貴方さまは……。はい、大変です! 主上が倒れました!」


「――なぜ倒れられた?」

「夕餉に毒を盛られたようです」

「……どんな状況か、容体の方はどうか詳しく申してみよ」

「いま侍医が診ております。幸い、命に別状はなく解毒剤を飲み、金宮で休まれていると思いますが――」

「……もう行ってよいぞ。わたしが聞いてきたことは内密で頼む」

「は、はい」

「そこの者、名は」

 武官は所属名と名前を名乗り再び走り出した。


「ちっ……。猛毒を塗るよう指示しておいたのに運がいいな。あの武官、わたしが訊ねたことを誰かに言うかもしれないから後で始末しておけ」

「はっ! かしこまりました。では陛下の方はいかがいたしましょうか」

「なら、この騒動に乗じて、もう一度、忍び込んで毒を入れろ」

「御意にございます」

 不敵な笑みを浮かべる宦官。



 ***



 暗闇の中、宦官が回廊を足音を立てずに歩く。くりやには刑部の者たちが侍女に聞き取り調査をしていた。今日の夜食べた物を確認しているのだろう。しばらく中庭を隠れるように通り回廊を避け、皇族専用通路を通って金宮の建物の前に出た。庭の木々に隠れ、静かになったのを見測って、一歩前に出る。


 ちりん。


「よお。待っていたぜ」


 定木に糸を張り、人が庭に入れば鈴が鳴るようになっていた。宦官が驚いてふり向くと腕を組み偉そうな態度の雲嵐が仁王立ちしていた。


「……っ!」

「おめーは、高衢こうく王付きの宦官だな? こんな夜更けに金宮の庭に潜んでいるとは、言い逃れできねぇな」

「……きさまは、先ほどの……武官」

「ああ、おらだって敬語はちゃんと使えるんだぜ。でも所属名は本当さ。主上付き武官だ」

「……」


 宦官は、突然小石を投げつけてきた。


 雲嵐が槍で払っている間に、急に走りだしたかと思ったら、反対側の回廊の扉を閉めて施錠し、逃走をはじめた。

「コラァ逃がすかぁ!」


 雲嵐は走りながら槍の切っ先を足元の石畳の石と石の間の隙間に刺し、勢いつけて野生並みの跳躍力で塀にひょいと飛び乗った。塀の上は瓦だった。黄瑠璃瓦の一番天辺にある丸みのある冠瓦の上に立ち、周りを見渡すと、宦官の走る後ろ姿を捉えた。


「おい! 待ちやがれっ」

 裸足になって塀に乗ったまま走る。宦官に接近してあと少しというところで月が雲に隠れ真っ暗になった。


「嘘だろぅ」


 精神を集中して耳を澄ます。わずかな風の向きと鼻を利かせ目を凝らすと、宦官が茂みに隠れていた。しかし丸腰だったことに気がつく。あちらは剣を持っている。


「雲嵐!」

 聞き覚えのある声だ。


「捧日さま!」


 捧日は、先ほど雲嵐が捨て置いていった槍を放り投げる。片手でそれを受け取ると、塀から飛び降りた。宦官は剣を向ける。それを簡単にかわし宦官の首元に槍の棒で壁に押し付けて身動きできないようにした。腰ひもで、ぐるぐると縛り上げると、倒れた宦官は我に返った。


「……ううん。わたしは一体?」

 呟く宦官の胸元を見ると呪詛の文字が消えた。


(この、呪詛は操りの文字だ。……てことは、高衢王も? あいつがたいそうな事を考えるタマではない。では、一体誰が呪いの文字が描けるんだ)


 雲嵐は不穏な匂いを感じ、夜空を眺めた。

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