第16話 月鈴独楽鼠

「この辺が保管庫ね」


 月鈴ユーリンネズミ、壁板の隙間から伺い見る。棚にはたくさんの書物、木簡や竹簡などの古い巻き物が整然と並べられている。六部の文官が廊下を歩いてきた。ちょうど機密性の高い保管庫の重い扉を開けるところだったので、文官の裾の中に潜り込んで必死でつかまった。


 ギギギィィィ……バタン


(やった! 潜入成功だ)


 月鈴ネズミ、そっと文官の裾から出て巻き物に隠れ、上をみた。


(重い扉の向こう側の保管庫は、下からの侵入には注意払っているけれど、天井は手薄のような気がする)


 天井近くの小窓が少し開いている。差し込む光が明るすぎず暗すぎず丁度良い。厳重な部屋の中にある、さらに警備が厳しい保管庫を探す。


「さて、保管庫にたどり着いたはいいけど……難しいな。あれだ! 保管部屋内のさらに重要な書物だけ屋根裏部屋に収納している。しかも屋根裏部屋は高床式の倉庫になっていて、必要な時だけ梯子はしごを使う徹底ぶり。これじゃあ、本当にネズミ返しで登れないよ……」


 しかしニンマリと笑う。背負っていた小さな風呂敷の中から糸と石ころを取り出した。

「ネズミの身体だけど、意識は人間だもんね」


 月鈴ネズミの小さな手で器用に小さな石ころに糸を結び付け、糸を持ち石ころをくるくるっとまわし、速度が速くなるとその勢いのままパッと手をはなすと、石ころはネズミ返しの上の柱にひっかかった。

「よっしゃ!」


 月鈴ネズミは糸を使ってするすると上に登った。しばらく柱を登っていくと、倉庫に辿り着いた。覗いてみると棚がある。年代ごとに納められた古い書物。内容を整理して製本してから棚に収納するのだろう、つくえの上にも積み上がった紙の束が乗っている。


(保管庫のさらに屋根裏部屋に保管されているものは、公表できない皇族の案件ばかりだって捧日さんが言っていたな……)


 ぴょこんと顔をだし、キョロキョロする。


(この中に鴻洞皇子殿下の死因とか状況とか書かれた書物があるのか。どうやってみつけようかな?)

「むむ」

(あ、でも単純に新しい書物だから几の上に積み上がった書物の一番上、あるいは棚の端だよね)


 月鈴ネズミは柱を登り、ぴょんと飛んで書物の天辺に乗った。

「ふう」

 重い厚手の表紙をこれまた風呂敷に入っていた小枝で隙間を作って入り、力いっぱい押し開いた。ペラペラと書物をめくる。

「あった‼」


「ふむふむ。鴻洞皇子殿下の死因は、有毒植物、夾竹桃きょうちくとうによる口径毒死……。香炉近くで侍女も亡くなっていた。朝起こしに別の侍女が閨に行くと、すでに息はなく亡くなっていた……。そのまわりにはが散乱していた。

 ――なになに、容疑者候補、第八皇子の天籟殿下って……。なんでよ! こじつけじゃない」

 ちゅうちゅうと月鈴ネズミがブツブツ言った。

「おや、ネズミがいるぞ」

「!」


 下にいる文官は屋根裏部屋の月鈴ネズミと目が合った。


(しまった……)


「おかしいな。どうやって入ったんだ。重要な書物をネズミにかじられてはたまらん」

 文官は急いで梯子をかけ登ってくる。そして持っていた短刀を月鈴ネズミに振りかざす。しかしあまり剣術が得意でないのか、やみくもに振りまわすので空ぶりばかりだ。

(下手でよかった。でも、どうやって逃げよう)


 狭い空間なので、右に左に予測不能の動きで刀をふる文官。月鈴ネズミ、無駄に体力が奪われる。よけるのもやっとでとっさに製本されていない報告書をわざと落として散らせる。

「このやろう!」

 いそいで書類に隠れるも文官に紙を取りのぞかれた。今度は棚に逃げ込んだがそいつが一番まずかった。狭い空間、書物に挟まれ身動きがとれなくなった。


 ぜぇぜぇ言いながら近づく文官。

 じりじりと追い詰められる月鈴ネズミ。


「手こずらせやがって! ……死ね‼」

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