第25話 隠れ家

「そこの者を捕らえよ‼」


 文官が叫ぶ。月鈴ユーリンは城から出るため門の近くまで来ていたが、追いつかれそうになり、飛び出そうなほど心臓がバクバクしていた。


「どうされましたか?」

 宦官の捧日ほうじつと数人の武官が文官の前に立ちふさがる。細い通路めいっぱいふさぎ時間稼ぎをしている。


 月鈴は急いで門の官吏に木簡を見せると、拍子抜けするほどすぐに通してくれた。いつもは外出申請していても所属先、日数や帰る日などしつこく聞かれるのに、だ。そして木簡は月鈴に戻され、正門ではない出口を案内され関所の門番に、

「旅先の関所でもこれを見せれば申請しなくても大丈夫です。道中ご無事で、よい旅を」

 と、わざわざ拱手する。門を出てから木簡をよく見ると皇家の紋章入りだった。


「失礼ですが、月福晋ゆえふじんでいらっしゃいますか?」

「!」

 馬の嘶く声が聞こえ、振り向くと上品そうな壮年の男の人が立っていた。

「わたくし柳家の当主、泰然たいぜんと申します。捧日から話は聞いております。急いで車にお乗りください」

「はい」



 ***



 月鈴を乗せた軒車けんしゃ花陽かようの中心街から東南に、大きな河が見えてきてそれを渡ると、泰然は緊張から解放されたようで話しかけてきた。

「ふう――。ここから柳家の領地です。何かあったとしても大丈夫です」

「そうですか。よかった。それにしても関所がすんなり通してくれるなんて、びっくりしました」

「ええ、先回りして門番を買収したのでね」

 泰然たいぜんはにっこり微笑み片目を瞑った。


(上級貴族の特権なのかしら)


 何もないだだっ広い草原が広がり、そのため舗装されていない道を走る。軒車が大きく揺れお尻が痛かったが我慢する。しばらくすると大きな森に入った。

「しばらくの間、柳家の別荘にいてください」

「わかりました」


 知っている者しか戻れないであろう迷路のような道を迷うことなく進むと、森の奥深く、隠れるように建物が立っていた。古い建物の横に祭祀なのか小さな塔が立っていた。月鈴は思わず手を合わせたくなった。

 別の馬車には浩宇ハオユーが乗っていた。


「この屋敷は百年前のお家騒動で皇家の者をかくまったことがあるのですよ。燿国は二千年もの間、色々ありました」

 泰然が月鈴に説明する。

「柳家は代々、家臣なのですね。柳家は天下を取ろうと考えた過去はないのですか?」

「……翠蘭賢妃の出身、紅家のように、ですか?」

「はい」

「ふう、お恥ずかしながら、いざこざはあったでしょうね。しかし、天下なんて柳家の家憲に反します」

「もしも来儀皇太子殿下が帝になれば、今のお家騒動は柳家にとって反逆一族と捉えられかねませんか?」

「……」



 ***



「月鈴!」


 一足先に屋敷に到着していた浩宇ハオユーは、月鈴を見つけるとホッとして嬉しそうに駆け寄った。

「浩宇……。ねえ、城で何があったの?」

 真剣な眼差しに浩宇は泰然の方を見て伺った。

「あの、泰然さま、月鈴に説明してもいいでしょうか?」


「構いませんが、しかし今日はお疲れでしょう、お部屋にご案内致します」

「わたしは今聞きたいです」

「そうですか……。では、お座りください」

「……」


 侍女がやってきて四阿あずまやにお茶を用意した。そして来儀皇太子が皇殺ししたことを告げた。しかし公にはされていない。


「そんな……信じられないです」


「それで月福晋は一刻も早く城を出る必要があったのです」

「何故ですが? 逃げたと思われませんか? いないことをいいことに濡れ衣を着せられるじゃないですか」

「いいえー。逆に後宮内で内部処理されてしまいます。それより捧日から話は聞きました。月福晋は来儀皇太子殿下のお気に入りだそうですね。城にとどまれば無理矢理、妃にされていたことでしょう。そしてひとたび歯向かえば殺される可能性は充分ありました」

「そんな……絶対にイヤだ」

 来儀の蛇のような目を思い出し寒気が走った。


「では天籟さまはどこにいるのですか?」

「現在は李黄家におります。ですが李黄家の敷地の周りは兵士がいて、軟禁状態に。そして捧日でさえ会うことができないそうです」

「そんな――。いったいどうしたらいいのかしら。脱出する術も相談もできないなんて……」

「月鈴……」


「んん? まてよ」

 絶望的な顔をしていたと思ったら、みるみるパァっと明るい表情になった月鈴に対して、浩宇は一抹の不安を覚える。

「やばっ。月鈴……いま変なこと考えた?」

「ふっふっふ。浩宇くん、よくぞ聞いてくれた! もっちろん協力してくれるよね? わたしにしかできない特技がひとつあったね」

 へらへらと笑う月鈴に浩宇は顔をしかめた。

「どうなっても僕は知らないよ~」


「泰然さま、捧日さんをここに呼ぶことって可能ですか?」

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