第24話 李黄家の当主

 来儀皇太子は、実は皇家の血筋である白銀の髪だった天籟に刃を向ける。


「おやめください!」


 低く通る女人の声、侍女の娟々えんえんが静かに前に出ると、うしろに控えていたのは武官だった。

「ここは神聖な場所ですよ。これ以上穢さないでください。来儀皇太子殿下、あなたはまだ帝位には就いておりませぬ」

「はっ……ん。そんなのは時間の問題だ」

「わたくしにはそれを決める権利がございます」

「なに?」


李黄りおう家の当主だからです」

「!」


 帝の皇后となる妃の多くは李黄家出身者だった。五大世家せいか(李黄家・柳家・白家・紅家・柴家)に為政者が多く、宰相や長官など政に関与している。五大世家の承諾で帝が決まるので、その権限を持っているのが当主だ。


「たしかに、娟々は李黄家の出身だが――」

「皇太子殿下はまつりごとに興味がないようですね。数年前からわたくしが当主であり、主上に助言をしておりました」

「娟々は侍女だったはず。まさか天籟の味方なのか」

「ほほほ。私情を挟むつもりはございません。あなたは皇太子です。正当な手続きを踏んで主上におなりなさい。ただし、天籟さまの進退が決まるまで、李黄家で預からせていただきます」


「五大世家の当主、五名のうち三名が承諾すればわたしの天下だ。早速、議会にかけるとする。それまでは宰相たちが帝の代理だ。僕が天子となれば李黄家もどうなるかな――覚悟していろよ」

「……」


 すべてが決まるまで、しばらく休廷し天籟は李黄家から外出禁止となった。



 ***



「ギャアギャア」


 

 紫微星城の金色に輝く瑠璃瓦にいた鳥たちがざわめき一斉に飛び立つ。

「チキッ」

「天気も不安定だし、飛龍フェイロンったら、朝からイライラしているわね。どうしたの? それに、なんだか城内が騒がしいわ」


 月鈴ユーリンは不穏な空気を感じる。朝餉の用意をすると炊事場に向かった詩夏シーシが呼びに戻ってこない。

「はぁはぁ。月福晋ゆえふじん……これを――。はぁ……」

 声の方を向くと、宮女長の珪璋けいしょうがいた。手には小さな木簡、走ってきたのか汗だくで倒れ込むように竜王宮に入ってきた。

「木簡をくれるのですか? 珪璋さん、ちょうどよかった。何かあったのですか?」


 続いて捧日が慌ててやってくる。

「月福晋、申し訳ございません。今、今すぐ――後宮ここを出てください。訳はあとで話します。とにかく鷹たちを籠に入れてください。特別に外出許可証が下りました。門外にわたくし柳家の者を待たせておりますゆえ。速やかにここを去ってください。拘束されてからでは――遅いのです」


「え?」

 月鈴はいったい何が起こったか分からなかった。ただ、冷静な捧日が焦るほど、大きなことがあったのだろうと察した。

「天籟殿下は軟禁されました。ああ、ご心配なく。ですが、今後は月福晋をお守することができないので、移動しましょう」

「……はい」


(天籟さまが……軟禁?)


 頭がぐるぐるして、何も考えられない。外套を羽織り、籠に鷹を入れ、浩宇ハオユーに手伝ってもらいながら秘密の通路から出て、ここから先は正道に出て、あと少しで関門だった。


(もしかして皇子の宿命だから粛清されるのかな……。じゃあ天籟さまにもう会えないってこと?) 

 鼓動が早くなり、昨夜の天籟の顔が浮かんでは消え、胸が張り裂けそうになる。ジワリと涙が溢れそうになり思わず拭った。


「月鈴! こっちだよ。早く! 急いで!」

 浩宇ハオユーが叫ぶ。関所の門まであと少しだが以外に長い。「チキッ」と飛龍フェイロンが鳴くので籠に布をかけ、鷹を刺激しないように急いで歩く。


 数人の不気味な足音が聞こえる。

(しまった!)


「月福晋ですか? お話がございます。お待ちください」

 遠くの方から見知らぬ文官が声をかけてきた。聞こえないふりをして細い道に曲がり足音を立てないように歩き続ける。


「お待ちください! 止まらないと、力づくで制止しますよ」


 だんだん声が近くなる、月鈴はそれでも止まらない。止まったらダメだと思った。


「あの者を捕らえよ!!」

 文官たちが月鈴に追いつきそうになった――。

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