後宮の月恋歌 ~鷹使い宮女と美貌の皇子の因縁が再び動き出す~

青木桃子

皇家の呪いの章

第1話 動物係の宮女

 九龍が描かれた天井画を見つめながら月鈴ユーリンは呟いた。


「どうしてこうなったのか……」


 青天の霹靂、寝耳に水、はたまたこれは夢の中なのか。月鈴ユーリンの人生で、絶対着ることはないと思っていた上等な香りを染み込ませた衣装を身に纏い、部屋の隅には麝香じゃこう? なんか艶っぽい甘い香りのする香炉がたかれていた。


「いったい何故なぜ、どうしてこうなったか、誰かおしえて~‼」


 月鈴はひとり部屋で半泣き状態で叫ぶ。それもそのはず、皇族の住まう鳳凰宮に、一介の宮女である月鈴が、第八皇子のねやに呼ばれたのだから―。



 ***



 神獣や精霊が身近にいた頃の遥か遠いむかしのお話です。

 


 ここは大陸の燿国ようこく。栄耀栄華を極めた大国がありました。


 燿国の帝都、花陽かようの街の中心に紫微星しびせい城が建ち、都をまるまる飲み込んだような広大な敷地には、儀式の宮殿、後宮、政治など執り行う議事堂がある。城内にはお店が建ち並び、城を守るように高く積まれた石造りの城郭都市。さらにそれを囲うように水堀、近くには運河が流れている。


 城の外からは屋根しか見えないが、皇家のみ許された黄金色。富と繁栄の象徴、黄金色の瑠璃瓦が朝日を浴びキラキラ輝く。一般庶民は城内へ入ることができないので、後宮で働くことが女子たちの憧れである。

 天子(帝)が住まう後宮には妃や侍女、宮女、宦官かんがんなど含めるとおよそ二千人。帝は金宮に、皇子などの皇族は鳳凰宮に住んでいる。

 


 ***



 さかのぼること一年前、


 花陽かよう女子のあこがれ、後宮に宮女として十六歳の月鈴ユーリンは入宮を果たした。後宮とは帝のハレムである。血縁だけが正統な皇帝のあかしゆえ、子をたくさん成すことが極めて重要な責務なのだ。後宮で働く女人すべて〈帝の女〉であるものの、妃として選ばれる女人は限られている。妃は主に友好国の公主ひめ、名門貴族出身や、上級侍女、あるいはよっぽどの美姫びきだろう。


 月鈴ユーリンは、大勢の妻にかこまれた帝の妃になることが目的ではない。帝にお目にかかることのない階級の低い宮女や下女たちは、炊事、洗濯、掃除が主な仕事だ。だが月鈴はそこで一生終えるつもりはなく、出世をして女官になることが夢だった。というのも無名の月鈴が宮女になれたのは、あるを仰せつかっていたからだ。



 ***



月鈴ユーリン


 宮廷内の世話係である宮女長リーダー圭璋けいしょうが興奮気味に声をかけてきた。月鈴は自分の下着を洗濯するため井戸の水を汲みに行こうとしていた。

「はい、なんでしょう」

 一年がたち、月鈴は十七歳になった。後宮生活もすっかり慣れて、ひとまわり年上の圭樟とも上手くやっていた。階級の低い宮女たちは個室を与えられず大部屋だ。山育ちの月鈴は集団生活が苦手で、ストレスも溜まっていた。月鈴は洗濯と称して気分転換に広い庭で休憩するサボるのだ。ちなみに圭璋は一人部屋が与えられている。息を整え圭璋が言う。


「やったわね、あなた、大・大・大出世よ」

「へ?」

「今上帝のご子息である第八皇子の夜伽よとぎの相手に選ばれたのよ。おめでとう」

「……」

 一瞬、時が止まる。夜伽とは、夜の相手をすることだ。後宮は基本、〈帝の女〉であるが、たまに官吏や皇子に下賜かしされることもある。


(わたしが……皇子と?)


 月鈴は我に返った。

「……は? いやー何かの間違いじゃないですか。わたしは名門貴族じゃないですよ。そもそも皇子に会ったことないし――。いえ、入宮式のときに、たくさんの皇族の中にいたかなぁ。あと、式典とかで……?」

 圭璋は腕を組み呆れる。

「へ? とか、は? とか、やめなさい。そんなことどうでもいいから、早く支度しなさい。これは皇命よ」

「皇命……⁉ う、嘘でしょう~?」


 カラーン

 月鈴は持っていた桶を落とした。

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