第2話 第八皇子 天籟殿下

 そして、一話の冒頭に戻り、あれよあれよという間に、鳳凰宮に住まう皇子のねや月鈴ユーリンは案内された。

 四爪の九龍が描かれた天井画を見つめ、第八皇子の夜伽よとぎに選ばれた月鈴ユーリンは半泣き状態のまま、人生最大の危機ピンチに見舞われています。


 真ん中で分けた髪をひっつめ、その上に髷っぽいものをのせ、その髷に生花が飾られ、ゆれるかんざしがびっくりするくらいたくさん刺さっている。


(六月だけど夜は寒い……。胸元開きすぎだし、服がスケスケだよぉ。頭が重いし、夜伽よとぎなのになんでじゃらじゃらと髪飾りをつけているの? 針山になった気分よ)


「……うん。これはきっと何かの冗談だ。帰ろう」


 扉を開けようとしたが開かない。他に脱走できる扉はないかと奥を覗くと、贅の限りを尽くした豪華な部屋が見えた。重厚な縞黒檀の棚の上に、煌びやかな燭台が置かれ、その横に天蓋付きの大きな寝台。軽く五人は寝られそうだ。天蓋の四隅の柱に燿国の龍と鳳凰の文様入りの装飾が施され、冗談ではないと理解する。諦めて椅子に座った。


 キィ……

 幾何学模様の透かし扉から、天上人こと第八皇子が現れた。


 白い肌、切れ長の瞳、長くさらさらの美しい黒髪の垂髪すいはつ――眉目秀麗な顔立ちの皇子だ。

 皇子の入室と同時に侍女が素早く、小さな茶盆の上にお茶を用意すると去っていった。月鈴ユーリンは思わず椅子から立ち上がる。

(ひぃぃぃぃ、やっぱり現実だ)


「我が名は天籟てんらいだ。そなた、名は何と申すのだ?」

 そのままひとり寝られそうなくらいの長椅子にドカッと座り、髪をかき上げ、おもむろに茶を飲みながら気だるそうにいう。

「は、はい。月鈴ユーリンでございます…」

 今にも消え入りそうな声。燭台の明りをたよりに、慌てて月鈴は天籟に拝礼はいれいをしてからひれ伏した。すると天籟はつぶやく。


「ふん……」

(ふん?)


 月鈴は心の中でムッとした。

(しかもこの皇子、酒臭い……)


 見上げると天籟はさっきまでお酒を飲んでいたのか、目も虚ろ、顔も少し赤かった。茶を飲み干し、長椅子から立ち上がったが、足元もおぼつかない感じだ。

「まあ、あいさつはよい、立て」

 と言って月鈴を立たせジロジロ見た。


「見目は、派手じゃないがまあまあか。しかし体が貧相だな」

「!」

(ひ、ひどい)

「この際しょうがない。これは任務しごとだから悪く思うなよ」


 天籟は、月鈴の足を右足で払うと、よろけて二人は寝台に倒れ込み、あっという間に月鈴は組み敷かれてしまった。めんどくさそうに髪飾りをポイポイ捨てる皇子のすがたに愕然とした。

 そして月鈴の顔に皇子の顔が近づいた――。


(え、なにこの仕打ち。もう、信じられない)

「いくら皇子だからって女子に対して失礼すぎます‼」


 パチン

 怒り心頭の月鈴は思わず天籟に平手打ち。


「え……今……。ええー?」

 天籟は叩かれた頬を手でなぞり茫然とする。このやんごとなきお方に、今まで手をあげた命知らずなものなどいなかったからだ。


「――月鈴とやら、これは死罪だぞ?」

(しまった‼)


 青ざめる月鈴。もう引くに引けない。逃げるように寝台から下り、小刻みに震えながら床に頭をこすりつけて跪いた。

「なんとお詫びしてよいのか……怖れながら……皇子殿下。ここに呼ばれること自体、何かの間違いかと思います」

「はぁ~何を今さら言っているんだ。お前は離島のいんノ領主の娘だろう」

「はい、確かにわたしは隠ノ家の者です。でも殿下と釣り合うような家柄じゃないです。かえって皇家の名を汚すことになりますよ」

「そんなはわけないだろ。託宣たくせんがあったというのに……。なんだ、お前、誰にも聞いていないのか? 皇家の呪いの話」

「皇家の呪い、ですか?」

 月鈴はキョトンとする。

 すると扉の向こうから男の声がした。


「……天籟殿下。今、何か問題がございましたか」

「!」


 もはやこれまで――。月鈴は覚悟を決め、立ち上がり手を握りしめた。

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