第33話 夜の会議

 山の民の区域内の麓で一番逃走経路の多い場所で会うことになった。柳家別宅からつけられる可能性があるので、夜の会議に決定した。


「わざわざご足労いただきありがとうございます」


 捧日が出迎え拱手する。出席者は天籟、雲嵐うんらん浩宇ハオユーと、柳家の当主、泰然たいぜん。捧日は少ない人数で話を始めた。

「はい。ええっと、でも……」

 浩宇は何か言いたげだ。


「あれ、月鈴ユーリンは来ないのか」

 天籟が残念そうにいうと、浩宇が慌てて自分に指をさす。

「いますよ、ここに」


 ぴょこ

「!」

 月鈴、ネズミ姿で再び現れた。浩宇の肩からぴょんと飛び降りて、長几つくえの上に降りた。それを見た天籟は思わず口角が上がる。

「月鈴! 心配していたぞ……ん?」

 よく見ると月鈴ネズミ、なぜかギロリと睨み、腕を組み仁王立ちしていた。ちょっと怒っているっぽい。

「……ひっ!」

 惚れた弱みの天籟は嫌われたくなくて、近づくのをためらった。


「すみません。安全を考慮してこのような形にしました! 月鈴は嫌がったのですが、僕が言い出したことなんですよ~。だから機嫌が悪いというか……」

「そうですか、では椅子に座ってください」

 捧日はネズミ姿に驚きもせず淡々と慣れた手つきでお茶を用意する。


「会議を始める前に、月福晋ゆえふじんと浩宇さんには、天籟殿下の奪還にご協力いただき感謝します」

 捧日は拱手してこうべを垂れた。

「そうなのか。そういえば補佐してもらったって捧日から聞いたような……」

 天籟は目を瞬かせた。


「ええ、飛龍フェイロンの意識を乗っ取って、上空から天籟殿下の行先を偵察してもらいました。おかげで雲嵐たちが先回りして盗賊を装い襲撃することができました。月福晋のおかげなんです」

 天籟は気を取り直し月鈴ネズミの方を向いた。

「ゴホンッ! では、オレからも礼をいう、月鈴ありがと――……⁉」

 月鈴ネズミ、ジトっと睨んだまま動かない。手のひらサイズなのに威厳すら感じる。

「……」


(オレ何かしたっけ? 原因があるとすれば告白だが……)



「では、話を進めます。殿下奪還には理由がありました。一つは無実の罪に問われる恐れがあったこと。もう一つは来儀皇太子殿下が操られていること」


「陛下を殺したのは誰かに操られていたというのか?」

 腑に落ちない天籟。


「はい。わたしも見落としていたのですが……。長い間、我が国の皇子は幼い頃から、民のため帝以外の皇子は命を捧げる教育を受けていますね」

「ああ、そうだ。オレたちは民のため、天帝に捧げる贄だと教えられた」

 事もなげに天籟は答える。


「やはり、人間ですので、心を病む皇子が多いのです」

「……」

「そこで、燿国専属の真心華教が皇子の相談役になっているのですが……。その教えだけで恐怖に打ち勝つことはできず――。薬を常用される皇子がおります」

「それは、薬草か? それとも良くない薬か?」

 思い当たるのか天籟は聞く。


「はい、そうです。魔薬ですね。真心華の教えと、その匂いを嗅ぐと一時的に気持ちが高揚して落ち着きます。ですがあまり使用すると廃人になります」

「……こっわ」

 雲嵐と浩宇の顔が引きつる。続けて捧日が語る。


「この前、月福晋が蔵書楼ぞうじょろうに侵入してもらって、鴻洞こうどう殿下が亡くなった時に花びらが落ちていた。これを密かに回収して薬師が調べた結果、〈浮光ふこうの雫〉という花でした。それは魔薬の一種で、原産国は波国です。この花は我が国が入手した記録もないです」

「……」


「鴻洞殿下も来儀皇太子殿下も常用されていました。そうやって、皇太子を飼いならし意のままに操ろうとしているものがいました。真心華教の教祖が――波国の者でした」

「!」

「真心華教は紅家出身の者だったはず」

「それが、顔を隠しているため気がつけば教祖がすり替わっていて、紅家に婿養子に入った波国出身の貴族です。つまり波国に内情が筒抜けでした」

「もう紅家は波国に乗っ取られている?」

 一同、静まり返った。


「オレはむかし、翠蘭賢妃に出自のこと言われた『特別な血族だと』——紅家の者は皆知っているのか?」


 ここで柳家当主である泰然が答える。

「いいえ、本来、当主しか知り得ないこと。今まで李黄りおう家、柳家、紅家、白家、紫家。この五大世家で〈天から選ばれし帝〉を創りあげていたのです。もし情報が漏れそうになると、後宮には二千人働いているので、鞍替えが可能でした。しかし紅家当主は真心華教に力を入れていて、信者も増えているとか。〈浮光の雫〉は信者を増やすために必要で、そのため波国と蜜月の関係だったのやも――」


 捧日はふむ、と考え込む。

「ただ、翠蘭すいらん賢妃さまは暁華妃さまとは仲良かったと聞きます。仲違いしたのは入宮してから――。後宮で知り得た可能性が高いです。例えば真心華教の教祖からならどうでしょう……?」

「あるだろうな……」

 天籟は眉根を寄せた。


「ところで、その領主しか知らないことを、どうして捧日は知っているのだ」

 天籟は捧日に尋ねる。

「ではわたくしの方から――」 

 天籟の質問に柳家の当主である泰然が語った。


「――もとは大昔、始皇帝の姓である龍家を隠すため柳姓に変わりました。それに今、直系の柳家の者はおりません」


「龍家とは青龍のこと、かつて山の民の先祖は龍使いだったと言われていますが、真意は定かではありません。奴隷で売られ城にやってきた捧日は偶然にも柳家の養子になったのです。運命だと思い、山の民族でもある捧日にわたしが話しました」

「へえー」

 浩宇は驚きのあまり感嘆する。


「そして今、国の危機ですから、天籟殿下や皆さまに秘密のままでは話が進みませぬゆえ、みなさまにもお話しました。それほど事はひっ迫しております」


「ええ? 泰然さま。ちょっと内容が多すぎて混乱する。話は戻るけど、紅家当主が情報漏洩したかもしれないってこと?」

「ちゅう……」

 浩宇と月鈴はため息をついた。


 


 会議中、突然、見張り役が緊急の合図をだす。


「どうした?」


「たった今入った情報です。国が燿国に対して人道的介入すると発表しました」

「!」



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