第30話 山の民
「実はこの盗賊たちは山の民族です」
山の民は燿国が統べる前から山々に暮らしていた少数民族。二十年前に燿国軍によって壊滅したと書物に記されていたのを天籟は覚えていた。
目的の集落まで距離があり、今日のところは日が暮れ大きな岩山の下で野宿することになった。薪を集め、焚火をする。盗賊たちは野宿しやすい場所を見つけ、手慣れた感じで段取りよく準備して火の周りに座り、遅い夕餉をとった。
「すみません、天籟殿下にこのような場所……皆と食を共にするなど……」
「よいよい。一度やってみたかった。それにオレは今、柳家にとってお荷物だ。しかし本当にいいのか? 捧日がここにいて」
「ええ、柳家も承知の上でございます。明日は山の民の族長に会っていただきます」
「燿国が滅ぼした山の民の族長にオレが? 責められても文句は言えんな」
パチパチと火が爆ぜる。炎を見ていたら気持ちが落ち着き酒に酔った盗賊たちも見張り役以外は横になってくつろいだ。捧日がポツリという。
「わたしは、もともと山の民だったのです」
「……捧日が?」
「ええ、山の民は狩猟民族。二十年前、わたしが十歳のとき燿国が山の民討伐で、多くの子どもたちは奴隷で売られ、わたしは紫微星城へやってきました。山の民は滅びました……。表向きには」
「今もこの辺に住んでいるのだな」
「はい」
「わたしの武術・剣術は、山の民に教わって鍛えられました。山の民は山岳戦が長けております」
「ああ! だから捧日は強かったのか――。なるほど」
「それでも山の民は討伐されました。山に火を放った燿国軍……。わたしは今でも忘れられないです」
「皇族のオレを恨んでいるのか。捧日になら復讐されてもいいぞ」
天籟はいたたまれなくなる。
「いいえ、天籟殿下のせいではありません。それに殿下は―……」
捧日は言いかけて黙ってしまった。
シトシト雨が降る。
「殿下、濡れるので洞穴に雨宿りしましょう」
眠りこけた盗賊たちを起し、急いで案内された場所に移動して、藁をひいた。
「通り雨か……」
霧のような細い雨だった。やがて雨脚が激しくなりゴロゴロと雷も鳴り始めた。稲光が足下を照らす。湿った洞穴から夜の雨を眺める天籟は思わず声に出ていた。
「
「――心配ですか?」
捧日はうしろで枝をかき集め火を熾す作業をしていた。
「ああ……まあ」
「今日は補佐してもらいましたが、今は柳家の別宅にいるので大丈夫ですよ。それより
「月鈴! あのおしゃべりっ……!」
天籟は赤面して思わず扇子で顔を覆った。捧日は見ないふりをして「ふー」と息を吹きかけ、ようやく火がついたので乾いた枝を放り込む。
「失礼ながら申し上げますと、浩宇さんが報告せずとも鈍感な月福晋以外、殿下のお気持ちは存じておりました。娟々さまも……」
「はぁ……。そうだったのか。最初は秘術を利用しようとしていたのに、いつの間にか心に棲みついていた。翠蘭賢妃のこともあって女なんて好きじゃなかった。でも月鈴は真っすぐでいい娘でさ……。オレと対等に会話するんだよ。皇子のオレに気をつかわなくて、ふつうに。それがどれだけ支えになったか――」
「……」
「でも、今となってはお尋ね者だな。この命どうなるか分からないのに告白しない方がよかったかなぁ。月鈴は森の中で鷹と共に生きる自由な女子。後宮には合わない。自由にしてあげたいんだ……。それに燿国にとってオレがいない方が騒動は収まるだろうよ」
「いいえ、来儀皇太子殿下が帝になったら国はもっと混迷を極めるでしょう。あの方は感情でしか動かない――。そんな人にこの国を任せられません。燿国の転換期なのです。今まで積み上げてきたものを壊し国が変わる時です、それができるのは天籟殿下だと思っております」
「オレが?……変えるって、
「戦乱の世に活躍する王もいれば、平和な世に相応しい王もいます。燿国の始皇帝は確かに伝説の方だったと思います。でももう皇子を粛清すれば平和が保たれる時代ではないのです。物事は生々流転しています。時代に合ったやり方で、強かにそれができるのは――」
ピカッ
閃光が走りどこかで雷落した。一瞬あたりが明るくなり大地が揺れるような爆音。しばらくすると生温い突風が吹き焚火の炎を消し去った――。暗闇の中、煙の匂いだけ漂う。いつの間にか雨がやんでいた。
天籟は立ち上がり夜空をみあげると曇り空は消え、薄い雲間から微かに三日月が幻想的に浮かび上がる。月光で天籟の黒髪から白銀に変わった。煌めく白銀の髪をなびかせ、振り向き捧日を見る。
「オレにそれができると捧日は言うのだな」
「はい、天籟殿下が世を変えてください。必ず生き抜いて、そして天子となり、堂々と月福晋に伝えましょう。わたしは最後までついてゆきます」
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